偏桃体が活性化すると判断を誤りやすい
顕著性ネットワークを構成する脳の部位は、前島とそれに隣接する下前頭回、前帯状回背側部、そして扁桃体だ。
まず前島がボトムアップで情報の矛盾や食い違いをスキャンし、そして矛盾を検知すると、脳のさまざまな部位から必要なリソースを動員して対応する。前帯状回背側部の役割は、感情の状態と葛藤を評価すること、そして感情面での食い違いを検知したときにトップダウンの処理を行うことだ。
腹外側前頭前皮質の一部である左側の下前頭回は、新しく入力された情報を吟味し、すでに脳内に存在するネットワークとの関連から意味を再評価することによって、その情報を既存の内部モデルに同化させる手助けをする。
扁桃体は交感神経系の一部であり、危機を検知する働きをする。危機への反応として扁桃体が活性化すると、セントラル・エグゼクティブ・ネットワークとデフォルトモード・ネットワークにネガティブな影響を与える。
すべてが順調に動いている状態なら、これらの構造が協力して、何か顕著な存在を見つけようとする。しかし、現在の状況に何らかの問題がある、あるいは過去のトラウマを思い出しているなどの理由でストレス反応の影響下にあると、顕著性ネットワークは、ある特定の内部や外部の出来事に対して誤った判断を下してしまうかもしれない。そしてその結果、不適切な自律神経の反応や行動につながるのだ。
人間は大量の情報を見逃す
人間の脳と神経系は、身体の内部からも外部からも、手に負えないほど膨大な情報を受けとっている。そのすべてに意識的な注意を向けるのは不可能だ。
そこで人間は、貴重な顕在意識を温存するために、潜在意識の力を使って急を要さない情報をすべて自動的に処理できるようになった。その結果として起こるのが、あまりにも大量の情報を見逃してしまうという事態だ。たとえすぐ目の前で起こっていても、まったく気づいていないということさえある。
心理学の世界には、「見えないゴリラ」、あるいは「選択的注意テスト」と呼ばれる有名な実験がある。実験の参加者は、2つのグループに分かれた学生がバスケットボールを投げ合う動画を見せられる。1つのグループは黒のTシャツを着て、もう1つのグループは白のTシャツを着ている。
参加者は2つの指示のうち、どちらか1つの指示を与えられる。黒Tシャツ(あるいは白Tシャツ)のチームが実施したパスの回数をかぞえるという指示か、すべてのパスのなかからバウンドしたパスの数だけをかぞえるという指示だ。そして動画の途中で、ゴリラの着ぐるみを着た人が学生たちの間を歩くシーンが流れる。
動画が終わると、研究者は参加者に、動画のなかで何か変わったことはなかったかと尋ねる。すると驚いたことに、ゴリラの登場を指摘しなかった人は、じつに参加者の50パーセントにもなるのだ。
この実験からわかるのは、「方向性注意」、あるいは「非注意性盲目」と呼ばれる現象の本質だ。パスの回数をかぞえること(意識的に自分の注意を向けている顕著な存在)に集中していると、それ以外の出来事に気づかなくなる。
どんなに異常なこと、普通ではないことが起こってもそうなのだ。この実験はまた、知覚のインプットが多すぎる状態になると、何が見えていないのかということにも気づかない、ということも教えてくれる。