ネット上で話題になったことによる復刊だそうですが、女性皇族による瑞々しい青春の記録は、多くの人々の共感を呼び、ベストセラーとなっているのはご存じのとおりです。

オックスフォードの卒業式にて
オックスフォードの卒業式にて(写真=Saji Kuichi/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

彬子さまが留学記を書かれたのは、本書によれば寛仁親王のご指示だったそうです。

当初は修士を取るための2年間の留学予定が、指導教授の勧めにより博士号取得の5年間に延ばすにあたり、「長期間海外に出て公務をしない以上、それを支えてくださった国民の皆さまに対して、皇族としてきちんとその成果を報告する義務があると考えておられた」(本書から)ことでお許しを頂けたそうです。寛仁親王ご自身もオックスフォード大に留学され、その手記を出版されていた、というご縁もあったのでしょう。

結果として『赤と青のガウン』を通じ、国民は皇族を身近な存在に感じ、そのイメージを大きくアップされることになったのは間違いありません。

彬子さまは現在、大学で教鞭を取られながら公務に励まれており、ご留学の成果を存分に発揮されておられます。

東大ではなく、海外の大学を検討されてはいかがか

つらつらと書いて参りましたが、申し上げたいのは、悠仁さまには東大ではなく、海外の大学を目指されるという選択肢もおありではないか、ということです。

雅子さまのキャリアと比較するのは酷かとは思います。ですが東大は、やはり明治時代の旧帝大時代までさかのぼれば、近代国家を創るための人材、官僚を中心に要請する大学だったルーツがあり、雅子さまは外交官試験を受けるために編入されました。

今は多岐にわたる学びが得られる名門大学ですが、果たして悠仁さまはそこで何を学び、そこで得た知識何に生かそうとされておられるのでしょうか。研究者との共著で書かれたという「トンボ論文」の今後は、東大でなければならない学びなのでしょうか。

「トンボ論文」は素晴らしい実績ですが、皇族でいらしたからこそ成しえた「特権」ではないでしょうか。一般人が立ち入れない赤坂御用地で、研究者を2人も従え、学術雑誌に掲載もされましたが、普通の高校生にはまず出せない実績でしょう。

果たしてお一人の力でどこまで貢献されたのか。おそらく推薦入試で面接があるならば、担当教授はどこまでがご本人の貢献によるものなのか、すぐに見抜いてしまうでしょう。

皇族の「特権」と見られても仕方がない

そもそも入試は試験であれ推薦であれ、個人の力で挑むものです。近年は裕福な家庭の子女ほど教育にお金をかけ、推薦入試でも家族ぐるみでスポーツや音楽など課外活動の実績作りに励む、という家庭も多くみられます。

いっぽう金銭的に余裕がない家庭の子女は不利という状況も生まれてしまいます。

こうした生徒たちは国公立大を目指すのが一般的です。私は、貧しい母子家庭で苦学して東大に入学し、奨学金を得てアルバイトで生活費を稼いで卒業、今は社会人として成功している卒業生を知っています。