印刷会社とデザイナーとの溝を遂に乗り越えた!
「空気の器」「かみめがね」など、ユニークで楽しい「紙」の商品開発で名を馳せているのは東京都立川市の印刷会社「福永紙工」である。印刷業も受注型産業で価格競争が激しい業種。インターネットの普及もあり業界全体のパイは縮小している。そこで自社に付加価値をつけるため、「デザイン」に同社の山田明良社長は着目した。アパレル会社で営業と企画を担当していた山田氏が妻の家業を継いだのが1992年。当時から「印刷会社はデザイナーと接点がなく、印刷とデザインとの間の溝は深いんだな」というジレンマを感じていたという。
「本やポスターなどクリエーティブな印刷物も作って安売り競争から降りたいと意気込んだものの、下請けですからデザイナーと直接やりとりはできない。取り次ぎをするクライアントの担当者にデザインのわからない人が入ると大変なんです。デザイナーの意図が伝わらないから、こちらも理想に応えられず、ダメ出しを繰り返される」
そこでパッケージや商品の箱作りに欠かせない「型抜き加工=紙器業」が得意という自社の強みを生かし、デザイナーと直接ものづくりができる「かみの工作所」というプロジェクトを06年に立ち上げた。着想のきっかけはデザインディレクターで「つくし文具店」店主の萩原修氏との出会いだ。
「大手印刷会社出身の萩原さんはリビングデザインセンターOZONEで意欲的なイベントを企画し、独立後も、企業とデザイナーを結びつけた面白い企画を手がけていらしたので、気になる存在でした。そうしたら、素敵な店だと思ってたまたまのぞいた近所の文具店が、萩原さんの実家だったんです」
萩原さんとすぐに意気投合し、デザイナーのアイデアを形にして、名前をクレジットに入れた紙のアート商品を作ろうという話がまとまった。製品化の全工程は福永紙工で手がけ、デザイナーには売れた分だけロイヤルティを支払う。初期コストを抑えられるうえにデザイナーのモチベーションも上がる仕組みだ。難しい要望もあるが、「かみの工作所」ではあらゆる方法を模索して、極力デザイナーのイメージに沿う製品化を実現させてきた。
たとえば、最近大きな注目を浴びている「トラフ建築設計事務所」とのコラボレート作品「空気の器」は、複雑な切り込みが入った紙の端を引っ張ると網目が広がり、空気をはらんだ器のようになる商品。ルーブル美術館、ポンピドーセンター、国立新美術館の館内ショップでも販売されている。文字通り、紙のアートだ。この緻密なデザインの具現化に、型抜き加工の技術が特に存分に生かされている。
「いまでは20人以上のデザイナーと契約しています。当社で作品を作ってほしいとアーティストから言ってもらう機会も増えましたし、大企業から直接の依頼もいただくようになりました」
最近ではJRとも取引をするようになり、東京ステーションギャラリーのミュージアムショップ「トレニアート」にオリジナル商品が置かれている。下請けからの脱却は、ほぼ成功したと言っていいだろう。
三社三様の商品開発ストーリーだが、いずれも足元の見直しに「外部の視点」を積極的に取り入れたという共通点がある。自社の常識にどっぷり浸かっていると発想が凝り固まり、自社の強みが見えづらくなるもの。新鮮な「外部の視点」と空気を取り込むことで独自のバリューを再発見し、それを最大限に生かした「オンリーワン」のものづくりを具現化する。ある意味、企業再生の王道ともいえる手法を着実に実行する大切さを、先の3社は改めて教えてくれる。