07年にはトヨタ自動車の経理部門に勤めていた弟の智晴氏が入社し、邦裕氏の「メーカーに再挑戦プロジェクト」を一気にスタートさせた。社運を懸けて開発する商品を「鍋」にしたのは、智晴氏がル・クルーゼというフランス製の鋳物ホーロー鍋を友人からもらったのがきっかけだ。

「当時、世界的に定評があったのは、ビタクラフトなど、気密性が高く無水調理ができるステンレス製の鍋でした。でも、ル・クルーゼを試してみると、ステンレス鍋よりも確かにおいしく作れる。ただ、鋳物ホーロー鍋はどれも蓋と鍋の間に隙間があり、少しガタガタするのです。では、弊社の機械加工の技術で縁を削り、鍋と蓋が隙間なくピッタリ合うようにすればどうか? 鋳造と機械加工、両方の技術を使って、もっとすごい世界一の鋳物ホーロー無水鍋を開発しようと決意したのです」

鍋の形状は比較的すぐに完成した。だが、思わぬところで壁にぶちあたる。

「ホーローにきれいに色を吹き付けることが、実はとても難しかったんです」

ル・クルーゼをはじめとした、フランス製の鋳物ホーロー鍋人気の理由のひとつにカラフルさがあった。ピンク、オレンジ、グリーン、白など、キッチンを彩る、かわいい雑貨としての魅力を備えるのは絶対条件だった。

「黒の釉薬は簡単ですが、さまざまな色を吹き付ける技術を持っているのがフランスだけだった。それでカラフルな鋳物ホーロー鍋はすべてフランス製だったんですね」

トライ&エラーを1年半粘り強く繰り返し、ついに色を吹き付ける技術を開発する。さらに鍋の気密性を高めるための機械加工の試行錯誤も重ね、最初に掲げたコンセプト通りの商品ができたのが09年。開発に3年かかった。

「そこからは半年間、ブランディングの構築と売り方の研究に時間を費やしました。世界一の鍋を作った自負と商品力には絶対の自信があったので、料理ブロガーといった第三者に実際に使っていただき、その評価を口コミで広めることにしました」

サービス面でも工夫を凝らした。「注文から使い方まで、購入した方を一生にわたってサポートする」フリーダイヤルの相談窓口を設けたのだ。

「修理は何度でもします。バーミキュラで作れるレシピ相談も多く、毎日、夕飯の前に電話してくださるお客様もいらっしゃいます(笑)」

販売価格は幅22センチ、18センチで異なるが、いずれも2万円台で値引きは一切しない。他社の鋳物ホーロー鍋とほぼ同じ値段設定だが、実はかなり頑張った価格だ。

「百貨店に通常の条件でおろしたら、何万円も高くなってしまう。さすがにそれではなかなか売れませんから、直接販売に限定しました。百貨店でイベントを行うこともありますが、こちらの条件に合わせていただいています」

現在フル稼働で年間2500個を製造。それでも15カ月待ちが続く。

「今年中には3500個作れる設備を整える予定です(※2012年当時)。しかし、メードインジャパンのものづくりを死守したいので、海外での大量生産などは考えず、この工場で作れる範囲内でいくつもりです。下請け仕事をいまも続けているのは、会社を存続させるために、メーカーと下請けの両輪でありたいから。規模の拡大は慎重にやっていきます」