情報は現場に届いているか
「橋桁を動かすときに作業がいったん中断してしまったのです。しかし逆にいうと、それなりのトラブルがあったにしては時間のロスを最小限に収めることができました。これは事前の打ち合わせを密にして、何かが起きたときの問題解決法を詰めていたからだと思います」
英は頭を掻きながら、しかし自信を持って言い切った。毎月1回の「打ち合わせ」によって、新駅建設プロジェクトに全社員を巻き込んできたという自負があるからだ。
通称「プロジェクト連絡会」。正式には「国際線ビル駅新設等に関する連絡会」という。各回の出席者は社内各部署から集められた30人ほど。プロジェクトを取り仕切る建設計画部のほか、営業や保守部門などさまざまな立場の社員が参加した。
このとき英が心がけたのは、新駅建設に関する情報を「すべて開示する」ということだ。そのうえで、各自が立場を超えて疑問や問題点をぶつけ合ったという。
「たとえば新駅のホームはカーブがきついため、営業サイドの要望で列車との間に可動ステップを設置しました。しかし、それによって安全性が高まる一方で、もしステップが動かなくなれば列車が立ち往生するというリスクも生じます。そのようなことについて、みんなでよくやり合いました。ときには激しい議論にもなりましたよ」
とくに重要なのは、プロジェクト連絡会に駅長や施設区長が加わるようになったことだと英は指摘する。
「最初のころは本社部門の人だけで連絡会を開いていました。でも、それでは現場にきちんと情報が届いているのか不安でした。そこで駅とか施設区を訪ねて、本音を聞いてまわったんです。すると必要な情報が届いていないという声が、けっこう多かったんですよ」
なぜそのことに気がついたのか。
JR東日本出身の英は、本社勤務のころに逆の感想を持つことがあった。つまり「現場が多すぎるので、本社に上がってくるまでに情報が過度に整理・編集され、実態がわからなくなるおそれがあった」。だから、本社からの情報も生のまま現場に届けなければ、正確には伝わらないのではないかと考えたのだ。
懸念は的中した。ある駅長は「うちの駅とは関係のない話でも、それを知らないと細部を把握できないこともあるんだよ。現場に下りてくる話は、そこが省略されていることがあって困る」と不満をぶちまけた。
「それで、社長に進言して途中から彼ら現場長を連絡会メンバーに加えることにしたんです。結果、現場が情報をすべて把握したうえで判断できるようになり、他の部署とも意思疎通がしやすくなったといいますね。連絡会を通じて『一致団結』の空気が生まれてきました」
こう話す英は飄々として親しみやすく、決して偉ぶることがない。生来の性格だろうが、前の出向先で学んだことも大きいという。
「ここへ来る前に、とある社団法人の事務局長を務めていました。各企業からの寄り合い所帯で、部下のほとんどは私よりも年上です。そういう場所では、命令しても人は動いてくれません。どうしたかというと、まず目標を立てて、自分から一生懸命に働いたのです。それを見て『あなたは若いから先がある。でも、私らにはないんですよ』なんて達観していた人たちも、動いてくれるようになりましてね。価値観をおしつけたりせずに、一歩引くことが大事なんだと教えてもらいました」
鉄道の現場には血の気の多い人もいるだろう。過熱しがちな集団を取り仕切るのは、意外にも、柔らかで濃やかな気使いのあるリーダーシップなのである。
(文中敬称略)
※すべて雑誌掲載当時