生存本能はたぶん最後の最後まで残る

認知症がかなり進んでも、自分の命を守ろうとする生存本能は結構、残っています。

徘徊している認知症の人をはねたドライバーが「向こうからぶつかって来たんだ」という言い訳をしたときに、世間の人は認知症だったらやりかねないと思うかもしれませんが、それはまずあり得ません。

どんなに認知症の症状が重くなったとしても、車にぶつかりそうになったら反射的に逃げます。自分の身が危険になるような行動はとりませんし、危険を感じて身を守るという本能は残るのです。

認知症は進むにつれて、これまで生きて得てきたことがだんだん抜け落ちていくわけですが、そういった動物的な生存本能というものは、一番最後まで残るものかもしれません。

ゴキブリと共生から老人ホームへ移り豊かな暮らしへ

話は戻りますが、ゴキブリと共生していた80代女性は、まだ一人でしぶとく暮らしていけそうな気はしたものの、諸般の事情を考慮して診断書には、「重度認知症なので一人暮らしは困難と思われる」というふうに書きました。

その後、記憶が定かではないのですが、何らかの形で特別養護老人ホームに入ることになったと思います。

当時、バブル景気は終わっていたものの、公的な補助金が十分用意されていたので、その頃の特別養護老人ホーム、とくに都内の特養は、設備やケア面も、ものすごく良かったのです。

車椅子に乗った高齢男性と歩く女性介護士
写真=iStock.com/koumaru
※写真はイメージです

現在の介護保険が始まってからは、特養は社会福祉法人や地方公共団体が運営していて、一人当たりのホームの収入は月に介護保険からの26〜27万円と患者さんが負担する食費やオムツ代など、合わせてせいぜい40万円ちょっとくらいです。

ところが、その当時は、東京都が1ベッドあたり50〜60万円の補助金を出していましたし、建物も民間の有料老人ホームよりもいいくらいでした。そういう施設に入ったわけですから、たぶん外見的には幸せだったと思います。

立派な施設で、介護スタッフが一日に三度ちゃんとご飯を食べさせてくれて、お風呂にも入れてくれる。一人暮らしのときよりも、はるかに清潔で豊かな暮らしができるわけですから。