山中因子は老化のリセット・スイッチ

2022年の1月には、山中伸弥教授がアルトス・ラボの上級科学アドバイザーになりました。2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した、京都大学の教授です。当時の報道で山中教授は、「近年、細胞をプログラミングして若返らせることが科学的に実現できるようになってきており、全く新しい病気の治療法開発につながる可能性がある」と述べています。

ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まり、記者会見する京都大の山中伸弥教授
写真=時事通信フォト
ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まり、記者会見する京都大の山中伸弥教授(=2012年10月8日夜、京都市)

実際に、山中教授が発見した4種類の遺伝子(山中4因子:Oct3/4、Sox2、Klf4、C-Myc/別名:iPS細胞〈人工多能性幹細胞〉)を使って、老化した細胞を初期化して若返らせる研究が進められています。簡単にいえば、世界中が注目する「老化のリセット・スイッチ」、それが山中因子なのです。

直近では私の恩師、デビッド・シンクレア博士(『LIFESPAN 老いなき世界』の著者)も、山中因子による緑内障の治療において若返りの成果を出しています。私自身が関わる研究チームも、マウスの実験において成果を得ています。ただし研究を重ねた結果、4つの遺伝子すべてを使うとがん化する恐れがあるため、現在は3つの遺伝子による実験を進めているところです。

シンクレア博士の表現を借りれば、「老化研究では、細胞のリプログラミングがまず間違いなく次のフロンティアになるだろう」(『LIFESPAN』より)。そしてそれが社会に実装化されるタイミングは、早ければ20年以内に訪れるというのが私の推測です。

若返りが科学的に証明される…

ここに至る道のりを振り返ってみましょう。

一連のエイジング研究が盛んになりだしたのは、ざっと20年ほど前からです。わずかここ10年、20年の間にも、注目すべき研究成果が数多く生まれています。主なものは次の通りです。

・カロリー制限によって寿命が延びる。
・長寿遺伝子といわれるサーチュイン遺伝子を活性化すれば寿命が延びる。
・糖尿病の薬メトホルミン、他にもラパマイシンと呼ばれる化合物を服用すれば寿命が延びる。

たとえば、抗老化効果で話題のサプリメント「NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)」は、このサーチュイン遺伝子を活性化するとされています。ただし、この段階では誰もまだ、老化を疾患とは考えていませんでした。ですからNMNにしてもラパマイシンにしても、あくまでもアンチエイジングの手法の一つだったのです。

ところが2005年頃から、新しい研究成果が出てきました。「パラバイオーシス(Parabiosis)」と呼ばれる、血液交換術です。若いマウスの血液を、年寄りのマウスに注入すると、年寄りマウスが若返って身体機能が改善された――まるでドラキュラみたいな話が、科学的に証明されたのです。

要するに、若返りです。

これは、老化に抵抗するアンチエイジングとは異なる方向性であり、目指す結果が違います。老化しないようにするのではなく、老化を治療して若返る、というわけです。50歳の男性が、若返りの治療を受けて、30歳になる。そんな世界です。