必要な情報を残し、不要な情報を消している

それで、必要だと判断された情報を残し、不要だと判断された情報を消す、ということが日々、ごく自然に行われていることになります。

この情報の代謝は私たちにとって不可欠なもので、「忘れられない」ことはしばしば治療の対象ともなります。

トラウマなどがいい例ですね。出来事の衝撃が強すぎて、忘れてしまいたいことでも記憶から消えなくなってしまう。

しかも、その記憶が事実ではないこともあります。理解や記憶はスキーマの影響を強く受けるためです。イヤな記憶、しかも必ずしも事実ではないもので長期間苦しめられるとしたら、それは大変つらい経験となります。

「人間は忘れる」が大前提

私たちの記憶が、ある程度「雑」だというのは、実は私たちにとっては必要なことでもあります。

最近は、顔で認証するなどのAI技術も発達しています。そうした技術では、目、鼻、口などの特徴的な位置や、パーツの大きさなどを基に、登録された情報と本人照合が行われています。

その技術はすばらしいものの、では、20年前に登録した顔と照合して、同一人物と認証できるかといえば、それは難しいのではないかと思います。

一方、私たちは、20年ぶりの同窓会でも、ある程度、顔を見れば誰だか思い出せるでしょう。

今井むつみ『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)
今井むつみ『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)

あるいは、コロナ禍でマスクをした状態でずっと会っていたとしても、マスクを外した姿を見て、だいたいは見分けがつきます。

こうした、「厳密には同じでないもの」を、記憶の中から引っ張り出してきて「同じだ」と捉えることができるのは、人間が「忘れる」ことを前提に、大事なことや本質的だと思うことのみを記憶し、想起しているからです。

人と対面で話しているときに、相手の顔を細部まで見て覚えてはいないかもしれません。それでも、次に会ったらその人とわかる。しばらく時間が空いても、だいたいわかる。

こうした柔軟さもまた、人の「忘れる」という特性と密接に関わっているのです。

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