ただ乗りと協力は、どちらも伝染性がある

集団のメンバーに全体の利益に貢献することでより多くの金銭的報酬を手にするチャンスを与え、その一方でただ乗りするメンバーを放置している場合、全体の利益に貢献するのをやめる人がしだいに増えていき、ついには誰も貢献しなくなることがわかっている。

たとえば、チューリッヒ大学の研究者、エルンスト・フェールとシモン・ガハテルは、次のような実験でこれを明らかにした。彼らは被験者を4つのグループに分け、各グループの個々のメンバーにいくらかの金額を与えた。各人はその金を手元に残しておいてもよいし、一部をグループの共有基金に拠出してもよい。共有基金は40%増額されて、当初の受取額のいくらを拠出するかにかかわりなく、全員に平等に分配されることになっていた。

ゲームの初めには、ほとんどのプレーヤーが、受取額の一部を拠出し、平均拠出額は20ポイントのうちの九ポイント強だった。ところが、ゲームが続けられ、拠出していた者たちが他のメンバーがただ乗りしていることに気づくにつれて、彼らは拠出額を減らし、10ラウンド後には平均拠出額はわずか3ポイントになった。

その時点でフェールとガハテルは1つ変更を加えた。プレーヤーは所持金の一部を「処罰」ポイントとして使うことができる、としたのである。他のプレーヤーを処罰するために金を使うということは、自分の所持金が減るということであるにもかかわらず、被験者たちは喜んでその代償を負担した。負担を等しくするチャンスが追加されたことで、プレーヤーの82.5%が全額を共有基金に拠出し、平均拠出額は18.2ポイントに達した。

これらの実験は、チームの活動に対する個人の貢献を高めようとするとき、マネジャーが出発点とすべき3つの基本的な真実を明らかにした。

(1)ほとんどの人間が協力したいと思っている。

実験では当初からただ乗りを促すインセンティブがあったにもかかわらず、被験者の多くが、様子を見るためか道徳心からか、最初は自分の所持金の一部を拠出した。

(2)説明責任が欠如していると、ただ乗りが起きる。

「処罰」ポイントを設ける前の実験では、説明責任が欠如していたために共有基金への拠出を見合わせた被験者がいた。どんな職場でも、罰を受けないとわかっていたら必ずただ乗りする社員が出てくる。そして、ただ乗り社員の同僚がそれに気づいたら、彼らもそうしたいという誘惑にかられる。

(3)一部の人間は自分が損をしてでも公正さを保とうとする。

他のメンバーを処罰することが自分にとっては損になる場合でも、多くの参加者がゲームを公正に保つことにお金を使う。研究者はこれを「利他的処罰」と呼んでいる。これは一見望ましい傾向のように思えるが、そうではない。この傾向は一部の労働者がただ乗りしている同僚を処罰することに時間と労力を費やし、自分自身の仕事をおろそかにするという事態につながる。