20年以上前から指摘されている「KY」に潜む危険
実用書にしか価値を見出さない人もいるが、私は、歴史書や古典こそビジネスマンが読むべき本だと思っている。海外のビジネスシーンでは、聖書や歴史の話が引用されることが日常的にあり、不可欠な教養なのだ。学生の頃、なんとなく読み流していた歴史や古典も、人生経験を積んでから手に取れば、そこに多くの人生訓を見つけることができる。『ローマ人の物語』という塩野七生氏のローマ帝国を描いた壮大なシリーズがある。ローマという帝国の盛衰、皇帝たちの為政者としての果敢な生き様のスケールに圧倒される。何千年たっても、ローマ帝国がいまだに世界で語り継がれていることも納得がいくはずだ。
鎌倉時代に書かれ、古典の授業でもおなじみの日本の名随筆集『徒然草』は、世の無常観を浮き彫りにしているが、ある程度年を重ねてから読むと、人の世は儚いからこそ生きる価値があるのだという著者の真意を汲み取れるだろう。
平安時代初期に書かれた歌物語『伊勢物語』も面白い。ある男の元服(成人式)から死に至るまでを歌とそれに添えた物語によって描いたものだが、物語の中に登場する男心や女心の機微は、今でも非常に共感できる。読んだときの自分の年齢によって理解の度合いと共感する点が変わり、何度読んでも楽しめる。そして何より人間の心が今も昔も変わらないという事実に安心させられる。
歴史や古典は過去からの時間軸の中で自分を豊かにしてくれるが、社会学の視点で現代を考察する本は視野を広げてくれる。最近「KY」という言葉に象徴されるように場の空気を読んで人に迎合することがよしとされているが、83年に出版された『「空気」の研究』はまさにこの意味での「空気」に焦点をあてた本である。人の顔色を見る日本人の特性に警鐘を鳴らし、目に見えぬ空気の呪縛を解くことで新しい一歩を踏み出す大切さを諭してくれる。20年以上前の本だが、私はこの説に軍配を上げたい。『ダイバーシティ』は、若い人にぜひ読んでほしい本だ。わかりやすい寓話を使ってダイバーシティ(多様性)の重要性、人が社会でよりよく生きるための社会学的視点と発想を持つことの有用性を教えてくれる。社会には答えのない問題が普通にあふれているが、考える力があれば周囲を潰すことも潰されることもなく、しっかりと生きていけると説いている。『フラット化する世界』や『下流社会』は、世間や社会を俯瞰的に見ることに役立つ。前者はインターネットという通信の発達と、中国やインドの発展で世界がフラット化しているということを、後者は日本の新たな階層化を考察した本だ。
とにかくいい本を読み、知り、そこで自分なりに何かを考えること。それがいつか自分の血となり肉となるのだ。
小枝 至相談役名誉会長が選んだ7冊
■ローマ人の物語 [著]塩野七生/新潮社
■徒然草 ビギナーズ・クラシックス [編集]角川書店/角川書店
■伊勢物語 ビギナーズ・クラシックス [編集]坂口由美子/角川学芸出版
■「空気」の研究 [著]山本七平/文藝春秋
■ダイバーシティ [著]山口一男/東洋経済新報社
■フラット化する世界 上・下 [著]トーマス・フリードマン/日本経済新聞出版社
■下流社会 [著]三浦 展/光文社