ダービー週の定例取材に誰も来なかった

でも、こうなれば勝つための選択肢は一つ。メンバー的にスローペースになる可能性が高かったので、外から前目のポジションを取りに行き、そこで折り合いをつけるしかない。前に壁を作れないことでかかってしまう可能性もあったが、このときばかりはそれを恐れて守りに入るわけにはいかなかった。

ちなみに、皐月賞を1番人気で負けた影響で、ダービーは5番人気止まり。ダービー週の水曜日も誰も取材に来ないありさまで、友道厩舎のスタッフと「ダービーで上位人気馬に乗るジョッキーの水曜日じゃないよなぁ」なんて話しながら、思わず笑ってしまった。そんな状況が悔しいわけでも寂しいわけでもなく、ただただ気楽だった。

後方から競馬を進めた皐月賞とは一変、ダービーではスタートから積極的にポジションを取りに行き、最初のコーナーは外目の5、6番手で回った。危惧したとおり、前に壁がないことで行きたがったが、向正面に入るあたりで馬の後ろに入れることができ、その瞬間、ワグネリアンの力みがスッと抜けたのがわかった。

「これなら、直線でもうひと脚を使える」

競馬
写真=iStock.com/quentinjlang
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ゴールまで残り200メートルで味わった「無」の境地

そんな手応えを感じながら迎えた4コーナー。内にいたブラストワンピース(池添謙一)の手応えがよく、少しでもスペースを与えたら絶対に押し出してくるシーンだ。それがわかっていたから、寸分の隙も与えないようコーナーをピッタリと回り、謙一を内に閉じ込めた。

そう、そのときの自分はとても冷静だった。あとは、ゴールを目指してひたすら追うだけ。エポカドーロ(2着・戸崎圭太)とコズミックフォース(3着・石橋脩)が思った以上にしぶとかったが、残り200mあたりで抜け出すと、そこからはいわゆる「ゾーン」に入ったような不思議な感覚に……。スタンドの歓声も何も聞こえなくなり、見えているのはワグネリアンだけ。

まさに「無」の状態のまま、先頭でゴールを駆け抜けた。

これは“初めて経験した時間”だった。ウイニングランを終えてスタンド前に戻ってきたとき、言葉にならない感情が胸の奥から突然込み上げてきたのも、あのダービーが初めてだった。