最後まで自分を信じ切ることができた理由

何より大きかったのは、戦術面での選択肢が一つしかない中、最後まで自分を信じきることができたこと。あのダービーを勝ったことで、「それまではどこかで自分を信じきれていなかったのかもしれない」という大事なことに気づけた。

2000勝を達成したことで野心に一区切りがつき、「本気で楽しもう」というモードに入っていたことも大きいが、自分を信じきることができた一番の要因は、やはり周りの人たちが自分を信じてくれたからにほかならない。

ダービー当日も、ゲート裏で「祐一さん、信じてますから」と言ってくれた持ち乗り助手の藤本純くん。彼の声が今も耳の奥に残っている。

自分を信じるということにもつながるが、このダービーをきっかけに、大きく変わったことがあった。GIレースに向かう際、それまでは常に三つか四つの選択肢を持って臨んでいたが、「勝つためのポジション」を一つに絞り込むようになった。

どれだけ勝っても埋まらなかった最後の1ピース

もちろん、周りの動きも関係してくるため、そういった予測も含め、シミュレーションにまつわるすべての精度を上げる必要があったが、トラックバイアスや騎乗馬の能力などをベースに考えたとき、勝つための選択肢がいくつあるかというと、実はそれほど多くはない。

だから、そこから一つに絞り、それができるかできないか、二つに一つというような戦術を取るようにしたのだが、そのほうが勝率は高かったし、晩年はかなり精度を上げられた実感もあった。もちろん、それができなければ負ける。応用はいくらでも利くが、リスクを取らなければ勝てないのがGIだ。

福永祐一『俯瞰する力 自分と向き合い進化し続けた27年間の記録』(KADOKAWA)
福永祐一『俯瞰する力 自分と向き合い進化し続けた27年間の記録』(KADOKAWA)

結局、2020年のコントレイル、2021年のシャフリヤールと、生涯で3度も勝つことができたダービー。まるで憑き物が落ちたように……という表現がピッタリだが、一体何が変わったのかは自分ではわからない。

ただ一つ、わかったことがある。

2000勝という想像していなかった数字を達成し、これ以上ない充足感を味わいつつも、ほんの少しだけ、まだ何かが抜け落ちているような感覚をずっと持っていた。たとえるなら、1ピースだけ埋まっていないパズルのような……。

その最後のピースこそ、自分にとってダービーだったのだ。勝つことができて初めて、それがよくわかった。父親の代から引き継いできた肩の荷を下ろせたことで、ようやくパズルが完成──。

自分のジョッキー人生を変えた、本当に大きな出来事だった。

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