地震発生確率は科学的根拠もなく広まった

前出のゲラー氏は「周期的に地震が発生していることを統計的に証明するためには、1万年分くらいの地震を見る必要がある」と説明する。内陸活断層地震は数万年、数千年に1回、南海トラフや東日本大震災といった海域活断層地震は、数百年、数十年に1回の周期で発生するといわれているため、統計的な証明をするのに十分な過去の地震発生のデータがない。

南海トラフ地震については、江戸時代の3回の地震を基にした「時間予測モデル」で算出されている(詳しくは前編)。そのうえ、ほかの地域にしても、数百~数万年周期の地震を無理やり30年という短い間隔に当てはめて計算しているため、精度はさらに下がってしまう。

また、30年という区切りも、「住宅ローンを組む時の目安が30年と同じ論理でわかりやすさを求めた結果で、科学的理由はなかった」と小沢記者は明かす。つまり、科学的根拠の薄い地震発生確率や全国地震動予測地図を社会実装したことに大きな問題があるのだ。

首都直下地震の被害想定が過小評価されたワケ

さらに小沢記者は「地震の被害想定の策定にもちぐはぐな考え方がある」という。地震発生確率を出すのが文科省の地震本部に対し、被害想定は内閣府の中央防災会議が発表しているが、この中央防災会議が2012年に発表した南海トラフの被害想定は、最悪の場合、死者・行方不明者推計32万3000人。2003年に公表した数値の13倍にも跳ね上がった。

「想定外」の被害が発生した東日本大震災を受け、2012年の想定では、震源域を2倍に拡大し、季節や時間帯なども最悪条件を重ね合わせ、歴史的に把握できているレベルを超えた「千年に一度あるかないかの」巨大地震を想定した。

一方の首都直下型地震の被害想定は、M7級の場合、死者2万3000人と推定した。首都を襲った大正の関東大震災は死者約10万5000人を出している。なぜ、それよりも被害想定が低いのか? 首都直下地震は海溝型の地震の関東大震災とは異なる内陸部の活断層で、「関東大震災のようなタイプの地震が発生した場合の被害は想定されていない」と小沢記者はいう。

首都直下型地震で想定される震度分布(左)と全壊・焼失棟数
首都直下型地震で想定される震度分布(左)と全壊・焼失棟数〔内閣府「特集 首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」より〕

2013年10月の資料を調べたところ、委員らの「大正関東地震はやるべきだ」「防災上はそこから出発するのが筋」と相模トラフ地震を想定に入れることを主張する声があった。しかし、「相模トラフ地震の周期は200~400年とみられ、まだ100年しかたっていない」という反対意見のほか、「東京オリンピックをやるというときに100万人の死者だの何だの、そんなばかなことはあり得ない」という発言もあり、今の想定となった。