※本稿は、矢野耕平『ぼくのかんがえた「さいきょう」の中学受験』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
家庭の「進学塾化」、親の「塾講師化」
「家庭の『進学塾化』」「親の『塾講師化』」は、近年の中学受験ブームとともに増加の一途を辿っているようにわたしには感じられます。
「偏差値○○以下の学校には行く価値がない」とか、「第一志望校以外の進学はいま考えない」とか、昔の中学受験塾が受験生たちを鼓舞するために掲げるような文句をいまは中学受験生の保護者が口にしてしまっているケースを見るようになりました。
中学受験が「バズりやすいコンテンツ」と化した昨今、メディアやSNSなどをはじめとして中学受験に関する情報が大氾濫しています。特にSNSでわが子の中学受験体験を発信する保護者の情報の多くは「上手くいかなかった話」ではなく、「上手くいった話」です。
「親がこんな働きかけをおこなったら、苦手科目が克服できた」
「○○という問題集を入試直前期にこなしたら、成績が爆上がりして第一志望校に合格できた」
「○○塾で○○コースという志望校別クラスを受講したら、わが子のモチベーションが一気に上がって、成績的に全然手が届かなかったはずの熱望校の合格を射止めた」
「○○塾の○○という教材はやるだけ時間の無駄である。手をつけるなら、市販の○○という問題集が絶対によい。うちの子はこれで偏差値が五ポイント上昇した」
ほんの一例ではありますが、SNSでは「わが子の中学受験経験者」である保護者のこんな成功譚に溢れているのです。
第一志望校に合格できる子のほうが少ない中学入試なのに、どうしてでしょうか。話は単純です。そもそもわが子の中学受験が「上手くいかなかった」と感じてしまっている保護者はSNSの場であれ、同じ小学校の保護者ネットワークの中であれ、口を噤むからです。
その結果、中学受験にまつわるあれやこれやの風説は「イケイケ」の性質を帯びたものばかりになるのです。
加えて、いまの中学受験生の保護者の中には自身も中学受験経験者である方も増えてきました。自身が中学受験をしてよかった、良い結果になったと振り返られる保護者ほど、わが子に同じ道を勧めるのは当たり前です。その当時の自身の「成功譚」がわが子にも適用できるという考えが「イケイケ」の風潮を加速させているのかもしれません。
だからこそ、子どもたちに対して「第一志望校合格」という目標を焚きつけようとあの手この手をかつて繰り出してきた中学受験塾も、保護者に対して中学受験に入れ込み過ぎないように、熱くなり過ぎないように諭すように変わってきたのです。
「家庭の『進学塾化』」「親の『塾講師化』」は、保護者の価値観に留まらず、その字義通り、親が子の中学受験勉強に付き添うようなケースを生み出すようになりました。このような家庭を「親塾」と形容することがあるそうですが、ここにきてなぜ「親塾」が増えているのでしょうか。わたしは大きく三つの理由があると睨んでいます。