事務方トップがこぼした本音
そんな都道府県の姿勢を国は静観している。もとはといえば、国が実現不可能な目標を立てているからだ。
カロリーベースの食料自給率の目標値を見ていこう。20年に閣議決定された最新版の食料・農業・農村基本計画は、30年度に45%に高めると掲げている。
過去を振り返ってみると、10年に決定された基本計画は、20年度までに50%に引き上げると打ち出していた。現実はどうなったかといえば、20年度に37%という過去最低の記録を打ち立てていた。50%という目標は、大風呂敷もいいところだったわけだ。
50%から45%に下方修正したから達成できるかというと、そうはならない。
渡辺さんはこう話す。
「基本計画の数字のなかで、一番実現性が薄いのが、カロリーベースの食料自給率なんです。農水省も、そこは分かっているはずですよ」
元事務次官、つまり事務方トップの言葉は重い。
農政に予算を引っ張るための方便でしかない
もっとも重視する目標が、もっとも実現できそうにない。こんな逆説的なことが起きるのは、農水省にとって食料自給率が予算を獲得するための方便に過ぎないからである。
カロリーベースの食料自給率には、たかだか36年の歴史しかない。その公表が始まったのは1987年分からだ。くしくも、私と同い年ということになる。
考え出したのは、農水省である。渡辺さんはこう振り返る。
「これがあったら、財政当局に予算を要求する道具として便利ですね。農業にお金を注ぎ込まないと、日本は大変なことになりますよという、ある種の脅し。論より証拠で、カロリーベースの自給率なんて、日本以外に計算して発表している国はほとんどないですよ」
国際的に通用しない、極めて「ガラパゴス」な指標だという。
農水省は、日本のカロリーベースの食料自給率が低いと強調する。日本は算出できる13カ国のなかで、最下位の韓国の次に食料自給率が低い。2020年で比較すると、アメリカ115%、フランス117%、カナダに至っては221%なのに日本は37%……。
農水省はこうした比較をするため、ご苦労なことに統計を使って各国のパーセンテージを自ら試算している。日本と同じカロリーベースの食料自給率を自国で算出しているのは、スイスと韓国だけだからだ。
カロリーベースの食料自給率が編み出された当時、農相の所信表明の冒頭部分で「わが国の農業・農村をとり巻く情勢は誠に厳しいものがある。このような状況に対処して……」と切り出すのが定番だったと渡辺さんは振り返る。
「当時の大蔵省に対して、日本の農業はこれじゃ大変だから金をよこせという、長年来の保護農政の続きをやっていた。そういうわけだから、僕はカロリーベースの自給率は目標たりえないと言っているんですよ」
カロリーベースの自給率を国家目標にすることが、農業の過剰な保護につながり、あるべき姿から遠ざけてしまうのではないか。そんな指摘は、農業経済学者からもしばしばなされている。