1月2日に発生した日本航空516便と滑走路上にいた海上保安庁の航空機が衝突し、双方が炎上した事故。JAL機の乗客・乗員の一部は負傷したが、379人全員が脱出した。この件以降、SNS上で話題になっている書籍がある。1978年12月、10人が死亡したユナイテッド航空173便墜落事故のコックピット内のやりとりを記録した『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』の一部を紹介しよう――。

※本稿は、マシュー・サイド『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

飛行機の問題
写真=iStock.com/Diy13
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ユナイテッド航空173便の悲劇…見えない車輪

1978年12月28日の午後、ユナイテッド航空173便は、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港からオレゴン州のポートランド空港に向けて飛び立った。天気は快晴。飛行条件はほぼ完璧だった。

機長はマルバーン・マクブルーム。ロマンスグレーの52歳だ。いつも早口で話すため、少し厳しい調子に聞こえることがある。第二次大戦で兵役を務め、飛行経験は25年以上。パイロットになりたいと思ったのは、子どもの頃、母親と散歩中に、曲芸飛行士の一座が次の巡業地に向かって飛んでいるのを見たときだった。

「ママ、ぼくパイロットになる!」彼は空を見上げ、そう言った。

副操縦士は、45歳のロッド・ビービ。ユナイテッド航空に勤めて13年、5000時間以上の飛行経験を積んでいる。コックピットにいるのはもう1人、航空機関士のフォレスト・メンデンホールだ。41歳で、勤務年数は11年、飛行経験は3900時間。

まさにベテラン揃いで、乗客は何の心配も必要なかった。途中のデンバーで短時間のストップオーバーを経て、最終目的地のポートランドに発ったのは14時47分。この日はクリスマスの3日後で、181人の乗客の大半は、休暇を終えて家に帰る途中だった。

コックピットでは、3人のクルーがなごやかに世間話をしていた。機体は巡航高度に達し、2時間26分後には目的地のポートランド空港に到着する予定となっていた。

17時10分頃、ポートランドの管制から空港への進入許可が出たため、マクブルーム機長はランディング・ギアのレバーを下げた。通常はこれでスムーズに車輪が下りて定位置にロックされる。しかしこのときは「ドン!」という大きな音とともに機体がガタガタと揺れた。キャビンの乗客たちは驚いて周りを見回し、何が起こったのかと口々に話し始めた。

コックピットのクルーも不安を隠せない。ランディング・ギアはきちんと定位置にロックされたのか? あの大きな音はなんだったんだ? ギアがロックされると点灯するはずのインジケーター・ランプがひとつだけ点いていないのはどういうことだ?

機長に選択の余地はなかった。彼は管制に無線連絡して、「問題を確認するまで飛行時間を延長したい」と要請した。管制はすぐさま「方位100度へ左旋回してください」と指示を出した。

173便はその通り空港南方へ向かい、ポートランド郊外上空で旋回飛行に入る。クルーは確認作業を始めた。機体下の車輪がロックされているかどうかは目視できないため、かわりのチェックをいくつか行った。航空機関士は客室に向かい、窓越しに、主翼上面にボルトのような突起が出ているかどうかを確認した(車輪がロックされると出る仕組みになっている)。

突起は間違いなく出ている。彼らはサンフランシスコにあるユナイテッド航空の運航整備管理センターに連絡をとるなど、さまざまな手を尽くした。そしてすべての状況から考えて、車輪は正しくロックされていると思われた。

しかし機長はまだ心配だった。確信が持てなかったからだ。車輪なしでの着陸は大きなリスクを伴う。統計データによれば、胴体着陸で死者が出る大惨事になる確率は極めて低いが、危険なことには違いない。マクブルームは責任ある機長として、確証がほしかった。

ポートランド上空を旋回しながら、機長は答えを探した。なぜインジケーター・ランプのひとつが緑に点灯していないのか? 配線を確認する方法はあるだろうか? 彼は頭の中で必死に解決方法を探した。

しかしその間に、新たな問題が現れつつあった。173便には、デンバーを発った時点で4万6700ポンド(約1万6500リットル)の燃料が積まれていた。目的地に着陸するには十分な量と言える。しかしこの機種(DC-8)は毎分210ポンド(70リットル強)の燃料を消費する。旋回飛行ができる時間は限られていた。