「完璧」な集中

現地時間の17時46分、残燃料を示す目盛りが「5」に下がった。危機的状況とは言えないが、失敗の余地は狭まるばかりだ。タイムリミットが迫っている。そのうち残燃料が少ないことを示す警告灯が点滅しはじめ、航空機関士は落ち着かない様子で機長にそれを知らせた。ブラックボックスに残っていた航空機関士の音声には、はっきりと動揺が表れている。

飛行機のコックピット
写真=iStock.com/Maravic
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ところが機長はそれに対して何の反応もせず、車輪の問題にこだわった。このフライトの責任者は機長だ。彼には189人の乗客とクルーを守る責任がある。胴体着陸を敢行して乗客を危険に晒すわけにはいかない。どうしても、車輪が出ていることの確証がほしかった。

機長は考え続けた。車輪は本当に下りているのか? まだ自分たちが気づいていない確認方法があるのではないか? ほかにできることはもうないのか?

17時50分、航空機関士は再度、燃料不足が進んでいると機長に忠告した。すると機長はタンクにまだ「15分」分の燃料が残っているはずだと主張した。「15分⁉」航空機関士は驚いて聞き返した。「そんなに持ちません……15分も猶予はありません」。機長は残りの燃料を誤認していた。時間の感覚を失っていたのだ。燃料は刻々と減り続けている。このまま旋回飛行を続ければ90トンのジャンボジェット機が上空から突っ込み、乗客のみならず南ポートランドの住人まで事故に巻き込むことになるだろう。

副操縦士と航空機関士は、なぜ機長が着陸しようとしないのか理解できなかった。今は燃料不足が一番の脅威のはずだ。車輪はもはや問題ではない。しかし権限を持っているのは機長だ。彼は上司であり、最も経験を積んでいる。副操縦士も航空機関士も、彼を「サー(Sir)」と呼んでいた。

18時06分、燃料不足により第4エンジンがフレームアウト(停止)した。副操縦士は言った。「第4エンジンを失ったようです。第4……」。しかし機長はこれに気づかない。副操縦士は30秒後にもう一度繰り返した。「第4エンジンが止まりました」

「……なぜだ?」機長はエンジンが停止したことに驚いているようだった。時間の感覚が完全に麻痺していたのだ。「燃料不足です!」強い口調で返事があった。

実はこのとき、173便は安全に着陸できる状態だった。のちの調査で、車輪は正しく下りてロックされていたことが判明している。もしそうでなかったとしても、ベテランのパイロットなら1人の死者も出さずに胴体着陸できたはずだった。その夜は雲一つなく、滑走路も明確に目視できる状態だった。しかしいまや173便は、燃料切れ寸前の状態で大都市の上空を旋回している。滑走路までの距離は8マイル(約12キロメートル)だった。

※結局、173便はオレゴン州ポートランド近郊の森に墜落し、乗員乗客合わせて10人が死亡した。