イオンを創った女・千鶴子に見る「商売の本質」

イオンを創ったもう一人の商人、卓也の姉、小嶋千鶴子について倉本はこう書き記している。

「その昔、岡田卓也君よりもむしろ、その姉君なる小嶋さんが総体の采配を振るう店主ででもあるかと思った。その女丈夫らしい女性が実にてきぱきと万事を指揮しているのを見て、岡田屋はじつにこの婦人が弟をたすけかばうようにして築いたのであるという印象を強く受けた」(倉本長治著『此の人と店』)

千鶴子もまた卓也と同じく原理原則の人である。こんなエピソードがある。

四日市の岡田屋時代、千鶴子も店に立っていた。そこに母親と小さな子どもづれの客がやってきた。その親子は、弁当箱の売場の前でずっと何か迷っている様子だった。すると母親がレジに来て、「ありあわせのお金が足りないので、まけてもらえないでしょうか」と言った。

聞いてみると、親子はその店から相当遠いところから歩いて来ていて、「お金を取りに戻るのはとてもじゃない。明日はこの子の遠足なので、弁当箱がどうしても欲しい」という。

着服したレジ係と庇った店長を両方クビにした理由

かつて倉本長治は、「売価は実印を押すつもりでつけよ」といい、戦後の闇市商売が横行していた中で、人によって売価を変えないという「正札販売」を提唱し、全国の商人から絶大な支持を得た。

人によってまけるのは公平の原則に反することになる。気の強い人はまけてもらって安く買えるが、気の弱い人は買えないことになる。だから「正価」は守らなければならない。千鶴子はそれを倉本から学んでいた。

「申し訳ありませんが、うちはまけることはできません」と千鶴子がいうと、親子は恨めしそうな顔をしてとぼとぼと夕暮れの中を帰っていった。千鶴子は後を追いかけて、懐から財布を出し、言った。

「値段はまけることはできませんが、これは私が個人でお貸しします。今度来られたときにいつでもお返しくださればけっこうです。これを足してお買いになってください」

また、あるときは従業員のレジ係の女性が不正を行い、売上金を抜いていた。店長はそれを知り、自分のポケットマネーでそれを埋めていた。千鶴子はこれを見つけると、「抜くのも入れるのも不正だ」と店長を処分する。しかし、千鶴子はこの店長の就職をとことん斡旋してやるのである。

レジのお金を触る手
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原理原則は曲げない。しかし、商売には情も必要だ。情に流されて原理原則を曲げたら、公平校正の原則に反する。情と理を並び立たせるには、原則を守るという厳格さが必要になる。これが小嶋イズムである。