「なぜ謝礼を断るべきなのか」に対する本質的な答え
それでは、なぜ現在では、ほとんどの病院で医師や看護師に対する謝礼をお断りしているのでしょうか? 「公立病院の職員は公務員にあたり、患者さんから謝礼を受け取ると収賄罪に問われる可能性がある」「税法上は雑所得という扱いになり、申告しないと脱税になる」という理由がよく挙げられます。もちろんそれも正しいのですが、本質的な理由とはいえません。「私立病院の医師は、あとで確定申告をすれば、患者さんからの謝礼をもらってもまったく問題ない」と言えるかどうかを考えてみればわかります。
謝礼を断らなければならない一番の理由は、医療従事者が謝礼を受け取ることが習慣化すると、他の患者さんに「謝礼を出さないと不利益を被るかもしれない」という危惧を抱かせてしまうからだと私は考えます。ときに知人から「今度、手術を受けることになったけど、医師への謝礼はいくら包めばいい?」と相談されることがあります。当然、謝礼は不要であることを伝えるのですが、本来このような疑問が生じることがあってはいけないのです。
大事なことなので繰り返します。病院の窓口できちんと決められた治療費などの金額を支払えばよく、医療従事者に金品を贈る必要はありませんし、贈るべきではありません。もはや、マナーでも習慣でもありません。かえって迷惑をかけることもありますし、他の患者さんに余計な気を遣わせることになりかねません。
感謝の気持ちは会話または手紙で伝えるのがいい
医療従事者へのお礼の品は、ささやかなお茶やお菓子も控えたほうがいいと思います。病院内で診察・回診中の医師なら「臨床医の極意」としていただいてもいいかもしれませんが、たとえば訪問看護ではそういうわけにいきません。きわめてまれなケースですが、訪問した介護福祉士の女性が睡眠薬入りのお茶を飲まされた事件がありましたから、飲食物を口にするのは危険です。あっちの家ではお茶をいただき、こっちの家では断るというわけにもいきませんから、一律でお断りしている施設が多いそうです。
どうしてもお礼の気持ちを表したいのであれば、手紙やハガキがおすすめです。封筒に手紙を入れて直接手渡すと要らぬ誤解を招きますので、病院宛てに郵送するのがいいでしょう。私は、患者さんからいただいた手紙は全て保存して、時折読み返しています。私の宝物です。患者さんのお孫さんから「将来の夢は医者になること」というお手紙をもらったこともあります。嫌なことがあって落ち込んでいても、患者さんやそのご家族からの手紙を読むとやる気が湧いてきます。
長い文章でなくて構いません。「おかげさまで元気です。その節はありがとうございました」だけで十分です。そもそも文章にしなくても、言葉でご挨拶していただくだけでも、十分に気持ちは伝わっています。見返りを求めるためのお金をもらうよりもずっとありがたいです。言葉を伝えるだけでは物足りないようでしたら、院内の投書箱に「医師の○○さんに親切にしていただいた」「看護師の○○さんのケアが素晴らしかった」などと具体的に書いて投書してください。よりよい医療やケアにつながるでしょう。どうしてもお金を渡したいなら医師個人ではなく、病院や医療関係の非営利団体に寄付してくださいね。