始めたときは批判ばかりで売れたら手のひら返し
【鳥越】数字の裏付けを求められることも多いですが、当然ながら、そんなものはないです。よく言われることですけれど、消費者アンケートを採っても、回答する人は「すでに世の中にある」ものをベースに考えるわけですので、想像の枠を超える答えはまず出てきません。アンケートは、むしろ「世の中の人が普通に思いつくものをやろうとしていないか」の確認に使うくらいでいいんじゃないでしょうか。
私たちが今までやってきたことは、始めたときはもう批判ばかりです。そして立ち上がってみれば「いや、あれは絶対いけると思っていたよ」という方々が出てくる、というパターンが多い。「ひとり鍋」シリーズは、始まる前は「こんなセット物なんか売れない、値段も高い。100円じゃないと売れない」と言われ、売れれば「そうやれば絶対いけると思っていたよ」という。
別にいやみを言いたいわけじゃなくて、我々の思い付き自体はたいしたものではないということです。誰もが思いついていることなんですね、ですけれど、誰もやっていない。やってみたら、失敗もありますが、花が咲くこともある。
花が咲けば、それを信じてくれる人が増えていき、協力してもらえる相手も増えていく。そこでますます自分の思い付きを信じてみる。そんなことをやっているんじゃないかなと思っています。花が咲かなくても、誰もやらないことをやった自分を認めて、責めないこと、そして、前回もお話ししましたけれど「おいしい」という一線を譲らないこと、そこだけは守っているつもりです。
豆腐にも「うまい」「まずい」があるから差別化できる
――それでは、鳥越社長が考える「豆腐のおいしさ」とはどのようなものでしょうか? 誰もが食べたことがある成熟した豆腐という商品で、新鮮な驚きや感動を与えられる「おいしさ」を実現する方法を教えてください。
【鳥越】おとうふのおいしさは、大豆の風味、コク、食感のなめらかで、という表現をされることが多いですね。もうすこし業界風に言うと、先味と中味が上がって、後味は、三之助(三之助とうふ、相模屋グループの「もぎ豆腐店」が製造)のお豆腐はすっと消える、相模屋のお豆腐はそこからもったり甘さが続く、というような、口の中に残る、残らないがそれぞれにあるんです。とはいえ、言葉にした瞬間に大事なことが抜け落ちる気がして、「これがおとうふのおいしさだ」と、ストレートに表現することにはためらいがあります。すみません。
おとうふは作り方も味もすごくシンプルなので、「豆腐にはおいしいもおいしくないもない、豆腐は豆腐だ」という意識が、皆さんにも、我々の業界にも強くあると思います。もっと言えば「おいしさを求められていない」と、我々も思っていたし、お客様ももしかしたらそうだったのかもしれません。でもそれがこの10年で変わってきました。
前回もお話ししたように、数年間自分でおとうふをつくる経験を通して「うまい」「まずい」がある、と実感できたこと。そしてこの業界の人は「おいしさ」が武器になると誰も思っていない。これは「おいしさ」で差別化できると思いました。