契約金の97%が後払い

――10年総額7億ドル(約1015億円、報道当時のレート。以下同)という契約についてはどう思いましたか?

【五十嵐】契約年数は違うにしても、あのメッシ【編集註 2017年、FCバルセロナと結んだ4年5億5500万ユーロ(約860億円)】の契約金を超えてプロスポーツ史上最高額の契約金ですからね。野球を超えて、すべてのスポーツのなかでももっとも価値があるアスリートという評価を得たと言えます。

大谷選手らしいなと感じたのが、お金だけではなく、自分が入団したチーム状況を優先した契約だったことです。

大谷選手は、契約の際に、現オーナーと編成本部長の2人が役職を退いた際に契約を破棄できる条項を盛り込んだと報じられています(米スポーツサイト「ジ・アスレチック」など)。それは大谷選手自身が今のオーナーと編成部長が示したチームの強化方針に納得して、共感したからでしょう。

また大谷選手は年俸総額の97%にあたる約986億円を契約後の2034年から10年間かけて受け取る方法を選びました。しかもその間、利子はつきません。

契約後に年俸を後払いしてもらうという契約はメジャーで珍しくない。とはいえ、契約期間中は50%もらって、退団後に残りをもらうというような形がほとんどなので異例と言えます。

スケールが違いすぎる

【五十嵐】97%の後払いを選択した理由はそれだけはありません。

メジャーには通称「ぜいたく税」と呼ばれるルールがあります。球団の総年俸が一定額を越えるとリーグに税金を支払う必要があります。来季は保有選手の年俸合計が約340億円を超えると課税の基準になるので、大谷選手の年俸約100億円だけでその29%を占めてしまう。

ほかの選手との契約にも影響が出ますが、大谷選手の年俸を後払いにすることで、ぜいたく税を免れて、チームの戦力を整える費用を確保できる。

2021年6月28日、ロサンゼルス・ドジャース対サンフランシスコ・ジャイアンツの試合中、トップデッキ席からドジャー・スタジアムを見下ろす。
2021年6月28日、ロサンゼルス・ドジャース対サンフランシスコ・ジャイアンツの試合中、トップデッキ席からドジャー・スタジアムを見下ろす。(写真=DukeOfDelTaco/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

プロ野球選手もあくまでもひとりのアスリートであり、個人事業主ですから、チームよりも自分を第一に考えがちです。でも大谷選手は、勝てるチームをつくるには自分はどうあるべきか、という視点で契約を交わした。高額な契約金に喜ぶのではなく、自分がドジャースにいるあいだに勝つことを考えている。

個だけではなく、組織全体を見ている。ひとりの選手という立場ではなかなか持ちえない視野と発想です。スケールが違います。