10人で1人の患者を治療する「攻めのリハビリ」

母は天ぷらや餃子を作って、家族に食べさせることが大好きだった。家族が料理を喜んで食べる姿を見る時は笑っていた。母の幸せとはそれだった。

だが、認知症になった母は料理を作ることができなくなった。だから、怒る。

では、認知症になった人をどうすれば幸せな状態にすることができるのだろうか?

2004年、脳神経外科医からリハビリ医に代わった酒向は初台リハビリテーション病院(2002年開院)に所属することにした。同院は野球の長嶋茂雄監督、サッカーのイビチャ・オシム監督を治療した病院として知られる日本有数の回復期リハビリテーション病院である。

そこでリハビリ医として現場に立ち、知見を高め、2012年、世田谷記念病院を副院長、回復期リハビリテーションセンター長として新設した。診療科を移ってから、わずか8年で専門病院の副院長に招聘しょうへいされ、リハビリ医療を任されるほどになった。リハビリ医としては空前の昇進だった。

そんな彼の医療方法は「攻めのリハビリ」だ。寝たきりの患者をつくらないための積極的なリハビリ治療であり、それはチーム医療の徹底により行われる。マンツーマンで患者に相対するのではなく、医師、看護師、各種療法士など1チーム10人でひとりの患者を治療する。

絶対に寝たきりにさせない

元々、リハビリ病院では医師のほか、看護師、療法士が治療を行う。ただ、それまでは互いの強い連携がなかった。医師がトップにいて、それぞれの役割のスタッフに指示を与える。医師と看護師、医師と療法士というペアが患者に向かい合っていた。だが、酒向は横の連携を重視した。看護師と療法士が一緒になって患者に治療を行う。時には医師もその中に入っていく。

サッカーのマンツーマンディフェンスをゾーンディフェンスに変えたとも表現できる。

世田谷記念病院ではそういったやり方を導入して、実績を上げた。

2017年、彼はねりま健育会病院を院長として新設した。院長就任に際して、彼がやったのはチーム編成だ。WBCで優勝した栗山英樹監督が大谷翔平、ダルビッシュ有選手の元を訪ね、一人ひとりを招いたように、彼もまた「これぞ」と見込んだスタッフを集めてねりま健育会病院に乗り込んだのである。

彼は「攻めのリハビリ」と言い続けている。それは寝たきりにしないことだ。難しく表現すれば「可能な限り早期に生活自立のための歩行機能を獲得し、社会参加し社会貢献できる人間力を回復する」「患側踵を接地し、股関節荷重と股関節伸展する動作を再獲得する……」(酒向正春・竹川英徳「攻めのリハビリテーションと認知症ケアのための街づくり」より)。