年末が近づくと「開運」をうたう商品が世に溢れる。本当に効果はあるものか。無敗の雀鬼として名を馳せる桜井章一さんは「本当は運のほうから人が選ばれているのだ。幸運を願って行うような行為や思考はかえって運を遠ざける」という──。(第4回/全5回)
※本稿は、桜井章一『雀鬼語録 桜井章一名言集』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
運には必然性がある
みなさんは「運」というものをどのように思っておられるだろうか。
「今日はついているな」
「どうもこのところ運が回ってこない」
「職場であの人に会えて本当に運がよかった」
多くの人は、運に対して何かつかみどころのない不思議なものという印象を持っているのではないだろうか。
だが、運はきわめて具体的なものである。
もちろん、運のなかには宝くじに当たるような偶然としかいいようのないものもあるが、たいがいの運は必然性を持っている。そして仕事や生活に圧倒的に大きな影響を持っているのは、この必然の運のほうである。
「運」は求めてはいけない…
必然の運は、ふだんどんな考え方をし、どんな行動をとっているか、つまり日々の努力や生きる姿勢によってやってきたり、こなかったりする。
ある考え方をし、ある行動をとれば運はやってこないが、それとは別の考え方をし、別の行動をとれば、人は運に恵まれたりするのである。
運がくるかどうかはその人次第なのだ。神様に祈ってやってくるようなものではけっしてない。
むしろ、運がやってきますようにと願って行うような行為や思考はかえって運を遠ざけるだろう。淡々とするべきことをしっかりやっている人を運は好む。
つまり、運は求めるものではなく、運が人を選ぶのである。