奇怪な陰謀論

無能な歴代大統領よりも背が高く、力も強い、「男のなかの男」トランプ。一般人を食い物にしようともくろむ悪の権化の金持ちや権力者を撃退すべく、たったひとりで戦うトランプ。そのトランプならきっと、ディープステートに勇猛果敢に立ちむかい、我々を救ってくれるはず―─。トランプ版ディープステートの信奉者は、そう信じている。

しかしトランプは莫大な財産を相続しており、金持ちのエリートに対抗するというより、むしろ金持ちのエリートのひとりとして、冷静に事態を観察していたふしがある。それを思うと、この陰謀論は奇っ怪としか言いようがない。

トランプが大統領に選出されるより前に、トランプの側近スティーブン・バノン(元投資銀行家、1953〜)はいち早く、「トランプの選挙は、『孤高の戦士トランプ』と『エリート層が支配するディープステート』との壮大な戦いのゴングを鳴らすだろう」と偽名で記事を書いている。

トランプ陣営の基本戦略は、政府嫌ぎらいで政府を信用していない人々を、トランプ支持に取りこむこと─―トランプがめざすのは、他ならぬその政府のトップの座なのに、だ。

「民主党員の多くはトカゲ人間」

2008年のアメリカ大統領選のころ、「民主党員の多くは、実は宇宙から来たトカゲだと判明した」というデマが流れた。民主党のトカゲたちの目標は、世界征服。ユダヤ人やイルミナティやディープステートといった陰謀論の目標と同じ世界征服だ。

「トカゲ人間」は投票用紙にまで登場した。投票したい候補者がひとりもおらず、不満を抱いたミネソタ州のひとりの有権者が、投票用紙にそう書いたのだ。本人は後にジョークのつもりだったと述べているが、2010年の中間選挙で、トカゲ人間だらけの民主党ではなく、共和党が票を伸ばしたことに安堵あんどした有権者たちもいる。アメリカを乗っ取ろうとするトカゲたちの陰謀が、少なくとも当面は失敗したことを意味するからだ。

ソーシャルメディアによると、トカゲは人間に姿を変える能力があるらしい。トカゲ論の著作が多い著述家のデービッド・アイクによると、トカゲは古代から人類の歴史を操ってきたそうだ。

アイクは1998年に出版した『大いなる秘密』の中でトカゲ論を確立し、ソーシャルメディアや自分のウェブサイトを通じて世間に広めた。トカゲ論によると、トカゲは民主党員だけではなく、共和党員にもいる。ジョージ・W・ブッシュ(元テキサス州知事、元大統領)やドナルド・ラムズフェルド(生涯で2度、米国防総省のトップを務め、2021年に死去)は、人間になりすましたトカゲの共和党員なのだそうだ。