「新しい資本主義」という「旗」は悪くないが…

「新しい資本主義」という「旗」自体は、もはや小泉改革的な言説が力を持ち得ない今の時代の空気にも合っているので、多くの支持を得られるものになっていると私は思う。前述の「旗」の構成要素として必要な「反対する者がいない」「自分ゴトとして捉えられる」も満たしている。

だが、問題は岸田総理が「新しい資本主義」という「旗」を早々に降ろしたように見えることだ。「反対する者がいない」「自分ゴトとして捉えられる」に加え、「旗」に必要な要素である「一貫性」を満たしていないのだ。

10月下旬、総理官邸で「新しい資本主義実現会議」が開催された。総理官邸のサイトによると「供給サイドの強化の在り方(省人化投資、高齢者就労の活性化、リ・スキリングを含む)及びコンテンツ産業の活性化(アニメ・ゲーム・漫画・映画・音楽・放送番組等)」が議論されたという。議題から「新自由主義的な資本主義によって、行き過ぎた部分を是正していく」という側面を感じることはできない。

記者会見する岸田文雄首相
記者会見する岸田文雄首相(写真=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

なぜ掲げた「旗」を降ろしたように見えるのか

岸田総理自身の口から「新しい資本主義」という言葉が出る機会もめっきり減った。10月の岸田総理の施政方針演説では、ついに「新しい資本主義」という言葉は一度も出なかった。

なぜ、岸田総理は掲げた「旗」を早々に降ろしたように見えるのか。私は、そもそも岸田総理が本気で「新しい資本主義」を目指していなかったからだと思う。

私が経営者を軸とした広報PRの戦略を策定する際、最も重視するのは「経営者自身が本気で実現したいと思っているかどうか」だ。というのも「メディア受けする旗」を私が広報の実務家としてつくったとする。だが、経営者自身が本気で確信を抱けるものとなっていなければ、続けられないからだ。

掲げた「旗」の狙いが当たり、その企業に数多くのメディアの取材が入ったとする。当然、経営者は記者から「旗」の具体的な中身や将来の展望を聞かれることになる。

経営者がその場しのぎで適当なことを答えて、テレビ番組や新聞記事が取り上げる。すると反響が広がり、顧客や取引先、従業員、さらに家族や友人からも「旗」の内容について話題を振られるようになる。本気で信じていることでなければ、経営者がうんざりしてしまうのだ。そして、しばらくすると「旗」について触れることすらなくなる。