「住む世界が違うんだよ」「この世間知らずが」
「どういうこと? 何がいけないの?」
怒りに燃えた目をしている。聞きたいのはこっちだ。何が彼の態度を豹変させたのだろう。
「俺は飲食店で働いた経験があるんだよね。こうしたほうが店の人が一番ラクなのを知ってんの。お前は何を知っているんだよ。何も知らない奴がなんでこれを否定するんだよ」
私のたった一言で、なぜ彼がそこまで怒るのか不明だが、どうやら地雷を踏んだらしい。
「住む世界が違うんだよ」「この世間知らずが」など、ドラキュラ男は私に毒づく。その時、ほかの男性陣はというと、一人はうたた寝、一人はトイレ、もう一人はアミさんを口説いていて、助けてくれる人はいなかった。斜め前に座る女性だけが心配そうな顔でこちらを見る。
どうして2次会まで来てしまったんだろう。帰ろう、と思った。
「ご気分を害したみたいなので失礼しますね」
私が置いた1万円を、ドラキュラ男はこっそりしまった
私はドラキュラ男の目の前に1万円札を置いた。それが社会人としての礼儀のつもりだった。1万円札を見ても、彼は何も言わない。
そして店を出たが、誰も追いかけてこなかった。激しく後悔した。私はハイボール1杯さえ飲んでいない。食べたのは焼き鳥の皮、一本だけなのだ。なんで1万円も払ってしまったんだろう。
翌日、アミさんとのLINEで、私が1万円を置いていったことをドラキュラ男は誰にも言っていないことを知った。
自分が2次会に誘い、しかもおごるって言ったくせに、私の1万円を懐に入れて支払いを済ませたのか――。見下されたようで、悔しくて涙がこぼれた。泣いている私に、娘は「5000円にすればよかったのに。1000円でもいいくらいだよ」と言う。その通り。そこで堂々と1000円を出せないところ、高いお金を出して解決しようとするところに、自分の自己肯定感の低さが現れていると気づいた。(続く)