当初同情していたが、嫌気がさしてきた

遠慮がちに私はたずねた。すると伸一さんは堰を切ったように離婚に至るまでを語り出した。私はそれから1時間、彼の話を聞き続けたのだった。結婚当初から元妻が心の病気を患っていたこと、何とか支えたいと思い結婚生活を15年続けてきたこと、しかし自分や子どもたちへの暴言が止まらないこと……。

そして最後は、「子どもたちにとっては僕はずっと父親ですから。これからも僕は子どもが一番なんです」と言って涙ぐんだ。

私は当初同情していたものの、次第に「なぜこの人の話を親身になって聞かなくてはいけないのだろう」と嫌気がさしてきた。

「あ、もう1時間も経ってしまいましたね」

帰りたいという気持ちをこめてつぶやくと、「もう一件行きませんか?」と伸一さん。

「もう一件、喫茶店?」と私がたずねると、うんうんと彼は首を縦にふる。まぁせっかく来たし……と思い直し、「じゃあ近くの喫茶店に移動しましょうか」と了承した。

200円は「いいですよ。2件目で調整してくれれば」

こういう場合、男性はさっと伝票をつかむものだ。先日、年上の眞一郎さん(第4回参照)はそうしてくれた。しかし伸一さんは手をださない。私は仕方なくカバンから財布を出し、とりあえず千円札をテーブルに置いた。伸一さんがそれをつかんだ時、自分がサンドイッチとコーヒーセットで1200円だったことを思い出し、

お財布から千円札を会計に出す女性の手元
写真=iStock.com/Rossella De Berti
※写真はイメージです

「あ、ごめんなさい。1000円じゃたりないですよね」

という言葉が口をついて出た。だが心の中では200円くらい、「いいよいいよ」と出してくれるだろうと踏んでいた。ところが伸一さんは「いや、いいですよ。2件目で調整してくれれば」と私に告げたのだ。

調整? 「200円の借りをつくった」という体裁が嫌で、私は財布の中から500円を取り出した。

「じゃ、これで」 

伸一さんは何も言わずに私が手渡した1500円を握り、レジに向かう。そして会計後に「おつり」の話しはなく、2件目に。