母親から「もう好きにすればいい」で自尊心が向上

練習ではうまくいっていて、大きなミスをしなければ世界選手権のメダルは確実と言われていた場面でも、滑り出したらほとんどのジャンプで失敗。「あの頃は自分自身にも失望して、自分は悪い人間だと考えるようになりました」と彼女は振り返りました。

当時の彼女はまだ文字どおり、子どもなのです。親やスポンサーが用意してくれた環境の中で誰かの期待に応えなければ、と焦る気持ちが強く、自分のために滑るのではない状況です。さらにコーチやスポンサーといった大人たちにとっては、若い選手の活躍度によって経済的な利益も変わるという複雑な状況です。

未来さんが17歳になると、コーチが拠点を移したことでスケートの練習のため片道2時間以上をかけてリンクに通う日々が始まったそうです。

それまで送り迎えをしてくれていたのは彼女のお母さんで、心理的、身体的な健康面からも実家から通ってほしいと願っていたからこそ、そうしていたのでした。しかし、移動に時間が取られ思うように練習ができないことで未来さんは不満を募らせていきます。

「なぜリンクの近くに引っ越せないのか。環境が整わないのに結果を出すことを求められることが苦しくて、両親につらくあたってしまっていたのです。次第に両親とは分かりえない状況になっていきました」と未来さんは語りました。

両親との関係がギクシャクする中で、彼女は18歳になり、あるときお母さんから「もう好きにすればいい」と突き放されたそうです。

しかし、それがきっかけとなり、自分自身に対して「競技を続けるのか否か」を問い直すことになりました。経済的に切り離され、送り迎えもなくなり、バスで2〜3時間かけてリンクに通う生活。

でも「他人任せではなく、すべてにおいて自分で決めて行動するようになってからは心理的抵抗が少なくなりました。いい意味で真摯しんしにスケートに向き合えるようになり、自尊心も向上したと思います」と語りました。

ロッカールームでアイススケートの靴ひもを結ぶ
写真=iStock.com/FXQuadro
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自分の選択と自分の力で自分の道を歩む。

未来さんが「オーナーシップ」を手に入れた瞬間でした。

その後、スケーターとして再び輝き始めた未来さんが、オリンピックで偉業を成し遂げたことは前述したとおりです。また、ご両親との関係も良い方向に向かったそうです。

自ら「所有」して決断することが根本的なやりがいや意欲へ

「自分に関わる決断は責任を持って自分が行う」ということをオーナーシップと言い、個人が与えられた職務やミッションに対して主体性を持って取り組む姿勢やマインドのことを指します。

例えば、他人の存在や発言が自分の評判や成績などに影響してマイナスの結果になったとしたら割り切れない思いや悔しい気持ちが湧いてくることでしょう。また期待されていると感じているのに結果が出せないことは誰にとってもとてもつらいことです。

でも、自分がやると決め、自分のコントロール下でできることはすべてやった結果、起きた失敗や成功ならどうでしょうか。

過程も含めて「自分のものだ」と思えたら、どんな結果でも潔く受け入れて、自分を信じて前に進んでいける。それがオーナーシップの本質なのです。

恋愛関係でも、仕事でも、他人に委ねるということは、この先何が起こるのか、どう進んでいくのかが見えずに大きなストレスがかかるものです。

一方、自分で決断するのは勇気がいることかもしれませんが「自分という船の舵」を自分でしっかりと握って進んでいくと、傷ついても、たとえ結果が伴わなくても、納得のいく航海だったと振り返ることができることもある。

そして再び立ち上がり、進んでいくことができる。課題やミッションを命じられたり、従わないことへの不安や恐怖が原因となって何かに取り組んだりするのではなく、自ら「所有」して決断することは、根本的なやりがいや意欲につながるのです。

私が本書(『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』)で紹介した例の中でも、ハラスメントを受けた指導医に私の意見を伝える選択をした際、その後どんな結果になったとしても自分の発言には意味があると捉えました。

自分の決断も行動も、それに伴う結果も自分で「所有」したこと、これはまさしくオーナーシップだったのだと思います。また、相手がいての状況だったにもかかわらず、この状況で「私が」できることはなんだろうと考えたこと。それもやはりオーナーシップだったのです。