「好きなだけじゃダメなんだ」

ものづくりに明け暮れた子供時代を過ごした藤原さんだが、中学に上がってから挫折を味わうことになる。

「美術で良い成績がとれなくなって。私はこんなにも好きで楽しく描いているのに、学校教育ではキレイだったり正確だったりしないと評価されないんだ、と思いました。美術品の修復士になりたくて美術高校へ進んだのですが、そこのデッサンの授業で、自分ではうまく描けた! と思った絵の横を先生が見向きもせずに素通りして。『良い作品はこの三つだけ。ほかの人の絵は全部だめだ』と言われてから、何かつくろうとしても、うまく手を動かせなくなりました」

そこから3年ほど、藤原さんはものづくりから距離を置くことになる。打って変わって高校生活はジャズ部の活動にいそしんだという。

「趣味のひとつだった音楽系の部活動でもするかなと。吹奏楽部は体育会系で練習が辛そうだし、軽音楽部の人たちとは仲よくなれなそうだと思い、消去法で残った少人数のジャズ部を選んだら、同じような考えで入部してきた子が多くて(笑)。音楽の趣味も合い、居心地が良かったですね。私は演奏も下手でしたが、それを気にする人はいませんでした」

定期的に演奏会があるわけでもなく、評価されることのない環境で、ただ楽しく歌詞や曲をつくり演奏する活動に藤原さんの心は少しずつ癒えていったという。そんな藤原さんに転機が訪れたのは、高校3年生のとき。

「ジャズ部でちょっとふざけた歌詞の曲をつくったときにウケたのがうれしくて。そのとき、子供時代も親や友達が面白がってくれるのがうれしくて、いろいろなものを描いたり、つくったりしていたなと思い出しました。小さい頃から変わっていない『人から面白いと思われたい』というこの気持ちが自分の軸なのかもと思い、軽い気持ちで母に『芸人になろうかな』と言ったんです」

さすがに怒られるかと思いきや、母はとても喜んだという。

「そのあと近所の人に『うちの娘が芸人になるみたいなの!』と自慢して回ってしまって(笑)。外堀を埋められる形で高校卒業後、吉本興業のお笑い学校(NSC)に入学しました」

基本的に「娘を全肯定」の藤原家だが、希望を通すときには、プレゼンを求められたという。このときも両親に言われた言葉が印象的だったそうだ。

「無駄づくり」公式サイトより
無駄づくり」公式サイトより