2つの肩書、3つの仕事の掛け持ちに

基本的に、みかんの農作業は午前中の数時間のみ。しかも雨の日は畑に出られない。マーマレード作りは夜に体力が回復してから始めていたので、日中は比較的時間があった。それに、オフィスで頭を使う仕事をすることで、体を休めることができる。配属先は前職と同じ、研究開発だった。

今は、朝5時には山へ行き、みかん畑の世話をしてから11時ごろに帰宅。少し休んで昼過ぎから出社する。オフィスで数時間働いて帰宅し、家族と夕食を取った後にマーマレード作りに取り掛かる、というのが一日のスケジュールだ。

現在は、ヤマハ発動機から業務委託を受けている株式会社クリートと契約し、ヤマハのゲストエンジニアとして働いているという。

一見、3つの仕事を掛け持ち、以前よりきついように見えるが、自分にとってはバランスの取れた働き方だと、江南さんは語る。

「畑では主に体力を使いますが、デスクワークは涼しい部屋で頭を動かします。身体が休まって、夜はマーマレード作りもできるんです。結果的に、3つともしっかり働けています」

「逃げ場所」があるから頑張れる

かつて47件もの特許を獲得した開発エンジニアは、自らの完璧主義に追い詰められたこともあった。しかし、適度な割り切りと気力・体力の分散によって、それぞれの事業で集中力を高める術を見つけた。その結果、江南さんのマーマレードは2020年、2022年の大会で、見事世界一である「ダブルゴールド」を受賞した。世界一を二度獲得することは、日本人どころか世界でも稀なことだという。

2020年に初めてダブルゴールドを受賞したへだたちばなのマーマレード(税込み1400円)
筆者撮影
2020年に初めてダブルゴールドを受賞したへだたちばなのマーマレード(税込み1400円)。

また江南さんのこだわりと粘り強さは、本業であるみかん農業にも活かされた。2022年には農協よりみかんの品質を評価され、2つの品種で優秀賞を受賞するなど、農家の仕事も徐々に評判を上げている。3つの仕事が好循環を生み、江南さんの人生を明るい方へ導き始めた。

「逃げ場所を別に準備しておくこと。それが私にとって最も心地の良い働き方です。かつては会社で働きながら趣味で農業をやっていたこともありましたが、やはりお金を稼ぐ手段がひとつだと、プレッシャーから逃げられないんです。今は、農業でうまくいかないことがあっても、その分会社で頑張るかと割り切って、先に進めます」