兼業農家として再スタートしてみたが…
昔から夫婦の趣味であり、夢でもあった農業。太陽を浴びての農作業は、江南さんの心と体を鍛えてくれた。農家の先輩たちのタフさに、90歳を超えても毎日畑に出ていた妻の祖父の姿が重なり、自分も彼らのように歳を重ねたいという思いが、江南さんのなかで日に日に強くなっていく。
そして江南さんは、特許47個という大きな業績を残し、24年間の会社員生活に幕を下ろした。
稼げない、人は増やせない、そして行きづまる
2017年、専業農家として再スタートを切った江南さんは、マーマレード作りにのめり込んでいく。
マーマレードに使う柑橘類を自分の畑で栽培することで、収穫時期をコントロールできる。収穫するタイミングによって、味も変わるので、細かいレシピはなく、収穫したタイミングや収穫後の果実をマーマレードにする時期、そしてその年の気候によって、調理方法を変えているという。
ヨーロッパでは採れない珍しい柑橘類で丁寧に作ったマーマレードは、その後も毎年金賞を獲得し続けた。
しかし、マーマレードを作るのは江南さんひとり。しかも、好きなだけ時間を使えるわけでもない。あくまでも本業はみかん農家。山へ行ってみかんを栽培するのも江南さんなのだ。一緒に農業を始めた妻も、今は子育てで忙しい。
マーマレードを販売する量には限りがある。では、人を増やして作る量を増やしたらいいと思うかもしれないが、そうもいかないと江南さんは言う。
「人を入れたら自分の目が行き届かなくなる。収穫のタイミングから皮の刻み方、どのくらい熱するか、なにを入れるかまで、採れた柑橘によって変えているので、機械でも測れないし、人に伝えるのも難しい。それにマーマレードは私の腕試しでもあります。世界で賞を取り続けてこの道のリーディングモデルでありたいので、手を抜きたくないんです」
マーマレード作りをひとりでやろうとすれば、十分な稼ぎが生まれない。人を増やせば質を担保できない。本業のみかんの売り上げも、家族を支えるにはまだ十分とはいえなかった。そのうえ、自然と向き合うみかん作りは江南さんの体力を奪っていく――。
行きづまり始めたとき、声をかけてくれた人がいた。
「昔の知り合いに、農業ができない雨の日だけでもいいから、うちで働かないかって誘いを受けたんです。それが、ヤマハ発動機の人事の方でした。会社員時代もそうでしたが、なにかに集中しすぎると自分は駄目になる。自分を見つめ直した結果、これがベストの選択だと思い、派遣社員としてヤマハ発動機で勤務し始めたんです」