自分を苦しめる「自動思考」と救い出す「助ける思考」

【自動思考】:アマゾンのレビューで自分の本がめちゃネガティブに評価されていたのを読んじゃった。何でこんなこと書かれないといけないんだろう。私の本って、そんなにひどい? この人、私のことを嫌っているんだろうなあ。ああ、気持ちが落ち込む! レビューなんて見なきゃよかった。

【助ける思考】:あら~、それは災難だったね。ほんと、レビューなんて見ないほうがいいかもね。あれこれ好き勝手に書かれているのを見ちゃうから。

【自動思考】:そうなのよ。見なきゃよかった。でも自分の本だから評判が気になるじゃん。それに悪い評価だけじゃないし。

【助ける思考】:でしょう? 悪い評価だけじゃないでしょう? それなら悪い評価だけを見て落ち込むのはやめたら?

【自動思考】:確かに。でもなんか気になっちゃうんだよね。あと知らない人、いや、ひょっとしたら知っている人かもしれないけど、とにかく誰かに嫌われたり恨まれたりしているような気がして、薄気味悪いというか怖いんだよね。私、その人に何かしたんだろうか?

【助ける思考】:身に覚えがあるの?

【自動思考】:とりあえず、ない。ないから、かえって怖いのよ。

【助ける思考】:確かにね。ところでアマゾンのレビューでひどく書かれている以外に、実害ってある?

【自動思考】:うーん。ない気がする。ネットでエゴサーチとかしたらなんか書いてあるかもしれないけど、私、それこそ怖いからエゴサーチしないし。

【助ける思考】:アマゾンのレビューでひどく書かれることの実害は?

【自動思考】:そのレビューをうのみにしたり、同意したりする人が出てくるだろうってこと。そうそう、そのレビューが「役に立った」とフィードバックしている人がそこそこいるの。それも怖い。私にはそのレビューは悪意としか思えなくて。その悪意が広がっていく感じがして。

【助ける思考】:なるほど。ちなみに悪意を感じられるレビューに「役に立った」とフィードバックする人がそこそこいたとして、そこに何か実害はあるの?

【自動思考】:うーん。それで本の売り上げが若干落ちる可能性はあるけれども、それ以上の実害はないかもしれない。強いていうと、私がこういうふうに嫌な気持ちになること自体が実害かな。

【助ける思考】:では、その嫌な気持ちをどうしましょうかね? どうやって自分をその気持ちから救い出す? そういう嫌な気持ちになった自分に、何と声をかけることができそうかしら?

【自動思考】:そうだなあ。「1度本を出しちゃったら、100パーセント良い評価を受けるなんてことはありえないのだから、たまに悪い評価があったって、それは本を出した代償として引き受けるしかないんじゃないの?」といってみようかな。

【助ける思考】:では自分にそういってあげてみて。どういう自動思考が出てくるかな?