江戸の人たちの科学的好奇心
この書では奇品鼠について、「奇品の鼠が出る理由として、例えば白鼠に黒鼠をかけ合わせれば斑鼠が生まれると言うのは間違いである。奇品が生じるのは別の理由があり、自然に任せるしかない。奇品が生じるのは人間の技量の範囲ではなく、造化(天地自然)が引き起こす予想不可能な事柄である。だからこそ、値段が高く珍重することになる。
白鼠は白鼠と、斑鼠は斑鼠とかけ合わせるうちに、自然が感じ入って思いがけなく奇品が生じるものだ。以上のことがこれまで見聞してきたことで、つまるところこれこそが養鼠家の性根というものではないだろうか」とあって、奇品の作出は自然の成りゆきに任せるしかなく、養鼠家は奇品作成のための実験的なかけ合わせを行うべきではないと説いている。
実際には、養鼠家の多くはさまざまな毛色の鼠をかけ合わせて奇品の作出に取り組んでおり、この本の作者の意見は時代遅れであったようだ。
社会の趨勢としては、高価な奇品を作り出して一儲けしようとの欲望が強くなったとともに、親の形質が子どもにどのように伝わっていくかを調べてみたいという「科学」的好奇心に突き動かされる人が出ているからだ。