対話の持つ「創発」的な効果

普段、私たちの多くは、他者とのコミュニケーションのことを「伝達」のプロセスだと考えています。思いや情報など、相手が知らないことを伝えることこそがコミュニケーションの中心だと考えています。とりわけ、ビジネスの現場は、そうした「伝達」としてのコミュニケーションが全体を覆っている場でもあります。

ですが、これまでのコミュニケーションについての社会科学の多くが明らかにしてきたのは、対話には、人々の相互作用を通じて何らかの「違い」を生み出す、創発的な作用があるということです。この意味で、対話とは「創る」コミュニケーションです。

あいづちや問いかけ、助け船や推測など、さまざまな反応が聞き手から返ってくることによって、対話は即興的かつ共創的な性格を持ちます。相手の話を聞きながら、憮然ぶぜんとした表情で黙り込んでいることすらも、「反応」として話し手に大きな影響を与えます。

とりわけ、日本語は、会話における「あいづち」や「うなずき」が英語の約3倍多い言語だとも言われています。コミュニケーションの「聞き手」とは、受動的に情報を伝えられる存在ではなく、その場の対話を成り立たせる共同の語り手(Co-Narrator)なのです。

キャリアの主体性を育む会話例

そのような対話はどのように進むのでしょうか。

相談者が、「自分のキャリアの進むべき道がわからないんです」「このまま働き続けていていいのかな、と悩んでいます」という「自己開示」を行うとします。いきなりこうした話ができる人はいませんので、こうした本質的な話題になるまでには、ある程度のラポール(信頼)形成や場の設定が必要です。

そうした自己開示に対して、対話の受け手は「こういう会社に転職したらどうか」「専門の大学院に行くべきだ」といった「アドバイス」をすぐにしてはいけません。それは相談の満足感は増すかもしれませんし、教えた側も悦に入ることができるかもしれませんが、変化への効力感を育てません。

必要な対話は、次のようなものです。

まずは、「うんうん」「それでそれで」といったあいづちや態度によって、話を積極的に聞く姿勢を示します。聞いてくれない人に、自己開示はできません。

その後、「これまでどのような思いで働いてきたんですか?」「何をしている時が楽しく働けていますか?」「いつ頃からそう思い始めたんですか?」といった、別の角度からの「問い」を投げかけることです。

往々にして、悩んでいる相談者はそうした問いを自分に対して考えたことがありません。しかし、問われた時には、改めて考えることになりますし、相談相手に対して「言葉」にすることを求められます。

「思い返せば、同期の仲間と部署横断で行ったプロジェクトは楽しかったかもしれない」「2年前に嫌な上司に変わったことが転機だった」……与えられた問いに対しての「答え」を探すプロセスが始まります。それにさらに「上司はどんな人で、どんなことが嫌と感じるのでしょうか……」と問いを重ねていくことができます。

このように、対話的なコミュニケーションとは、「最短距離で答えに飛びつく」コミュニケーションではなく、「答えを探していくプロセスそのもの」です。居酒屋でいくら同僚に愚痴ってスッキリしても、信頼できる上司からの「君はこうするべきだ」というアドバイスを鵜呑みにしても、本人の変化に対する前向きな心理にはつながりにくいということです。仕事やキャリアについて本気で語れば語るほど、もともと「言うつもりが無かったこと」「考えてもみなかったこと」や「言葉にして初めて気が付いたこと」が生み出されていくのです。

何かに気が付いた人
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