部下は上の人間をよく見ている

創業家の人間には、合理性だけで経営判断を下すのではなく「狂になってやりぬく」という側面があります。40年以上も最下位のビール事業を継続してきたのもこの「狂」の面であり、そうした(時に合理性を欠く)ことができてしまうのが、サントリーという会社だと思います。

ところが、当時の私には「狂になってやりぬく」気持ちが足りなかった。頭のどこかで、「年間の着地は940~960万だろうな」と思っていた。

恐ろしいもので、部下というのは上の人間のことをよく見ています。上の人間が1000万ケースという大変な数字に対して、一瞬でも「おそらく達成できない」と思ってしまうと、それが部下に伝わってしまうのです。「1000万には達しない」なんてひと言も言っていないのに、「たぶん届かない」と思っていることが伝わってしまう。これが、私がやってしまった大きな失敗です。

狂になりきれなかった……
狂になりきれなかった……(撮影=遠藤素子)

今の自分だったら、この1000万という数字に対して、やれることを徹底的に考え、全員でできるすべてのことをやろうとするはずです。あらゆる取引先に会いにいって、1ケースずつでも買っていただく努力をしようとするでしょう。しかし、あの時の私には、そこまでの執着心がなかった。狂になり切れなかった……。

この07年のことを思い出すと、会長がよく社員によびかける言葉、「へこたれず、あきらめず、しつこく」の「しつこく」が、自分には足りなかったと思うのです。

この反省が強くあり、一人でも多くのお客さまにサントリービールの魅力をお伝えしようという社内の取り組みを始めました。例えばプレモル1本を友人に勧めてみる、知人にギフトとして贈ってみるなど、まさに1ケースでも、1本でもサントリービールを買っていただくための地道な草の根的な活動で、社内では"麦の根運動"と呼んでいます。一つひとつの動きは小さくても、グループ一体でサントリービールを応援するこの活動は「狂になってやりぬく」気持ちで、私が中心となり進めています。

官僚主義と前例主義

近頃は狂気の重要性を感じることが多くなりました。狂気というか、物事を考えるときの目線を非現実的なほどに高めにしておくことの重要性です。トップがそういう目線を持っていないと、組織はだんだんダメになってしまう。人間はどうしても、楽をしたいと思ってしまいますから。

おかげさまで現在サントリーの業績は悪くないのですが、私はこういう時期こそ悪しき官僚主義や前例主義がはびこりやすいから気をつけろと、事あるごとに社員に伝えています。注意喚起だけでなく、例えば、前例踏襲とおぼしきことを見つけたら、嫌な役回りではありますが、「なぜこれをやっているのか?」といちいち指摘して回っています。

最近も、ある研修で、前年と同じ形での実施ありきで話が進んでいたので「なぜ前例踏襲から入るのか。もっと今年の事情に合わせた最適な実施形態があるだろう」とたしなめる場面がありました。そうしたら、担当者はちゃんと自分の頭で考え始めてピシッとやるのです。できるのです。「だったら、最初から考えて動こうよ」と思うわけですが、私が「目線を高く」と口を酸っぱくして言うのは、社員の一人ひとりが、各々の持ち場で、自分の頭で考えて仕事をしていかないと、会社はよくなっていかないからなのです。