人を大切に思い、信頼し、共有する
IOU(I owe you=私はあなたに借りがあるの略、借用証書の意がある)で考えると、おカネを出す側は、「わたしはあなたに賭ける」という立場にあります。このうえ、ギャンブルまで勧めるのか! と仰天しないでください。儲けを出すための賭け事のことではありません。儲けを出そうとして失敗して人生を棒にふるなど、もってのほかです。
そうではなく、相手を大切に思い、信頼して明日を一緒に考え、自分の一部を相手と共有するという意味での「賭け」なのです。一生を賭けるというほど重たいものではなく、しかしおカネという大切なものを媒介として、相手とともにあろうとすることです。
だから、何なら「あなたに借りたい」という借り手の側も、「あなたに賭けます」という立場にあると言ってもいいぐらいです。
そんなわけで、このIOUによってつながる関係には、「いつか返せればいい」「特定の金額そのもので返さなくてもいい」、あるいは特定の金額では返せない、つまり「かけ値なし」の場合も含まれています。
たとえば、子ども食堂でご飯を食べさせてもらっていた子どもが、大きくなって食堂を手伝ったり、自分で子ども食堂を始めたりすることがあるそうです。震災ボランティアに助けてもらった人が、別の地域で地震があったとき、「今度は自分の番だ」と駆けつけることもあります。
おカネは「上手に貯めて、賢く増やす」だけのものではない
今の金融教育に欠けているのは、この視点だと思います。おカネを「使う」「備える」「貯める・増やす」ことについては教えますが、そこにはあくまで「個人」で完結する視点しかありません。でもおカネとは本来、そこに他者が存在するからこそ成り立つものであり、金融とは本来、そういうおカネを融通するという意味の言葉なのです。
誰かを助けたい、応援したい、誰かに賭けたいという気持ちでおカネを使う人たちがいて、自分がそれを受け取ったら、いつか自分も誰かを助ける。それは「ニーズ&ウォンツ」とはまったく違うスタンスのおカネの受け取り方であり、使い方です。
「わたしはあなたに賭けます」「ありがとうございます。わたしはあなたに大いに負っています(恩義があります)」。こうした「大人のたしなみ」が他者との関係における心のあり方や行動の仕方を支え、少しずつでも社会に広がっていくなら、おカネとわたしたちの社会の未来も、捨てたものではない、いや、ずいぶんと希望に満ちたものになるのではと思います。
さあ、あなた自身に任されている次の一歩へ、どうか勇気と自信を持って踏み出してください。この賭けに勝ち負けはないのですから。