全員が「小さなサイズ」を求めていたわけではない

古代ギリシア・ローマ時代に生きていた無数の人々は1人ひとりが異なる関心や性的嗜好しこうを持っていた。全員がこぢんまりしたサイズを求めていたわけではない。2013年のツイッターでは、歴史学者のトム・ホランドがローマ時代の詩人マルティアリスの詩を引用したが、これは次のように訳すことができる。「フラックス、公衆浴場で拍手が聞こえたら、それはマロと奴の男根がいるからだ」。

ルウェリン・モーガン教授が補足したように、フラックスとはおもしろがってつけられたあだ名で、「垂れ下がった」という意味だ。つまりマルティアリスは、ある人間の立派なペニスを称えることを通じて、同時に別の人間のものを馬鹿にしているというわけだ。

ペトロニウスの好色小説『サテュリコン』(岩波文庫、1991年)にも似たようなジョークが登場する。この小説に登場するのは、勃起不全に悩む元剣闘士のエンコルピウス、巨根の仲間アスキュルトス、そして2人が取り合いをしている美少年ギトンだ。

ある場面で老教師がエンコルピウスに、公衆浴場で目撃したことを語っているが、それは落胆したアスキュルトスが裸で嘆いていたのだった。……まわりに大勢集まった者たちは、拍手し、感嘆して仰ぎ見た。なぜなら彼の生殖器官はとてつもなく大きく、まるで体のほうがペニスの付属物のように見えるほどだったからだ。……救いの手はすぐに現れた。ローマの騎士階級に属する評判の悪い1人の男が、彼を外套で包んで家に連れ帰ったのだ。おそらくこの幸運を自分で味わうためだろう……。

人間の好みは千差万別

この明らかに同性愛的なフィクションのほかにも、実在のトランスジェンダーのティーンエイジャー、ヘリオガバルスに関する報告がある。このローマ皇帝は5人の女と結婚したものの、男とのセックスを好み、女装し、性転換手術を行える外科医に莫大ばくだいな報酬を約束したという。伝説によると、彼は政治的任命を行う際、公衆浴場で全裸の姿を観察して、一番大きな男性器を持つ者を選んだ。

グレッグ・ジェンナー『ロンドン大学歴史学者の「歴史のなぜ」がわかる世界史』(かんき出版)
グレッグ・ジェンナー『ロンドン大学歴史学者の「歴史のなぜ」がわかる世界史』(かんき出版)

巨根の人間が公衆浴場から「持ち帰り」されたとするペトロニウスの作品が事実を反映しているなら、このことは、巨根が一部の男を性的に興奮させたこと、つまり誰もが若い少年を好んだわけではないことを示している。実際、(残念ながら、かかとを除けば)ほぼ不死身の半神だった伝説の勇者アキレウスは、神々にふさわしい立派な男根を持っていたとされる。

もちろん、言うまでもないことだがギリシア・ローマ時代の大人の半数は女性で、アキレウスの評判には彼女たちも関与していたかもしれない。古代の女性のセクシュアリティについては残念ながら男性ほどよく知られていない――皇妃メッサリナのスキャンダルと24時間続いた乱交(自分で調べてくれ!)を別にすれば――が、多くの女性が、巨根の男とのセックスを楽しんだと思われる。結局人間の体は千差万別で、好みも同様なのだ。

そうだとすれば、美術館で僕たちが目にするような古代の彫像から伝わってくるお上品な思想は、多くの一般人の持つ好色な考えを代表するものではなかったのかもしれない。古代のペニスの理想のサイズは、寝室、あるいは大理石の台座の上のどちらで愛でたいかによって異なったのだろう。

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