指標に反映されない現実

政治部門で高い数値を生み出しているルワンダだが、これにも注意すべき背景がある。

ルワンダはアフリカ地域によくある家父長制的文化を共有していたが、1994年のルワンダ虐殺以降、極端に人口が減った男性の役割を補うかたちで、(草の根ではなく)政治主導で「女性の社会進出」が進められたという経緯がある。第2次世界大戦で各国に見られた、戦場に行く男性の代わりに女性が男性的な職業で働くようになる現象と類似の動きがあったわけである。

水洗いしたコーヒー豆を乾燥させる工程を行っている女性
写真=iStock.com/Yaroslav Astakhov
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ともかくも政治主導で政治の世界への女性の進出が大幅に進んだわけだが、根っこにある男性優位の文化はそれほど変わっておらず、家庭生活ではそれ(露骨な男性優位)が顕著に現れるという見方も強い。これもジェンダーギャップ指数には反映されない。

他にもジェンダーギャップ指数の問題を考えることができる。すでに触れたように、ジェンダーギャップ指数は識字率や年少女性の望まれない妊娠・出産など、人間開発に関連する項目の差を軽視あるいは度外視し、政治と経済については先進国向けの項目設定になっている。したがって、より深刻な女性差別的制度・慣習(所有権がない、商売することが許されない、若いうちに結婚を強いられ配偶者を決められない、食事の際に男性の残り物を女性が食べる、など)が見落とされてしまう。これでは真にグローバルな指標であるとはいえない。

指標を受け取る側の問題

以上のように、さまざまな指標はそれ独自のクセがあるので、そのことを理解した上で参照しないと、世論をミスリードしてしまう可能性がある。たとえば性暴力などの深刻な女性差別を抱えた国が、ジェンダーギャップ指数での高ランクを根拠に自国のジェンダー政策の正当性を訴えるといったことさえ考えられる(※)

(※)注意してほしいが、こういった深刻な女性の不遇は、必ずしもその国固有の文化に起因しているわけではない。インドでは、女性の差別的処遇(いわゆるダウリー問題)が下層階級に広がったきっかけとして、イギリス植民地時代、多くの男性が軍人として高待遇で雇用されたために男児選好をもたらしたことが指摘されている(『Dowry Murder: The Imperial Origins of a Cultural Crime』)。