少子化が異常な勢いで進んでいる。なぜ、日本の少子化対策は失敗に終わってきたのか。雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんは「現状の少子化対策は、貧困、子育て支援の不足、結婚相手と出会う機会の乏しさなど、『お金と確率』の問題が重視されがちで、『心』のほうはないがしろにされてきた。そのため女性たちは、既婚・未婚とわず、圧力を感じ、諸手を挙げて歓迎する気持ちにはなれないところがあったのではないか。異次元の少子化は彼女たちの声なき主張であると捉えた方がいい」という――。
新生児
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少子化の流れを振り返る

しばらく小康状態にあった少子化が、ここ数年、恐ろしいほどの勢いになっています。

時代をさかのぼって、その様子を振り返ってみましょう。

第2次ベビーブームが終わると同時に少子化は始まりました。1974年に200万人を超えていた年間出生数は、翌75年に190万人台に、その翌年の76年には180万人台、77年には170万人台と、毎年10万ずつ大台割れを続け、坂道を転がり落ちるように急減していきます。勢いはそのままに1980年にはついに150万人台にまで出生数は低下。たった6年で50万人もの減少です。

ここから少子化のペースは若干緩みますが、それでも4年後の1984年に140万人台、1986年に130万人台、1989年には120万人台へ下降を続け、74年からの15年で出生数は80万人(4割)減となってしまいました。ならせばこの間、2年で10万人ずつ出生数は減少していきました。

さすがにこの頃から、出産数増加を謳うエンゼルプラン政策が騒がれ始め、その後、少子化は大幅に緩やかになっていきます。120万人台の出生数は1998年まで、10年間も踏ん張りを見せ、同様に110万人台は2004年まで6年、そして100万人台は2015年まで11年も持ちこたえました。

【図表1】合計特殊出生率と出生数の推移

この間、出生数の減少幅は年々小さくなり、出生率に至っては2005年を底にV字回復、2015年には1.45と1990年代初頭並みの数字にまで戻していたのです。こんなトレンドから、ひょっとすると日本の出生数は90万人台で長期均衡するのではないか、という楽観論まで出始めていました。

直近5年、少子化が異常な勢いでスピードを上げた

それが……! 2016年以降、少子化は再加速を始め、たった3年で90万人台を割ります。80万人台も同様に3年で通り過ぎ、2022年にはなんと70万人台に落ち込み。120万人割れから100万人割れまで17年もかかったのに、100万人割れから80万人割れはたったの6年、つまり3年で10万人の減少となります。

1975~1989年の第1次減少期は2年で10万人の減少とペースはこの時の方が早いように見えますが、ただ、当時は出生数の母数が今よりはるかに大きかった。だから減少率にすると、年間当たり2~3%程度にとどまります。対して直近6年の減少率は、5~7%にもなる。少子化が異常なほどの勢いで、スピードアップしているのがわかるでしょう。

現状の出生数は、第2次ベビーブーム世代の3分の1程度になっています。果たしてこれから産まれる新生児たちは、将来、自分の3倍もの祖父母世代を扶養できるのでしょうか?