私がこの国策プロジェクトは失敗すると予想する理由はいくつもある。

まず回路線幅2nmの難しさだ。現在、熊本で建設が進むTSMCの工場では、回路線幅10~20nmの半導体を生産する。半導体は回路線幅が小さいほど単位面積あたりの集積度が上がるが、2nmは熊本で製造予定の半導体よりさらに微細である。

IBMは2nmで回路を刻む技術を開発しているという。しかし、それを半導体という製品に仕上げる技術はまた別である。TSMCは台湾ですでに3nmの半導体を量産し始めている。そのレベルの半導体をつくれるのは現時点でTSMCとサムスンだけで、世界ナンバー2のファウンドリーであるUMCでも製造できない。北海道ではおそらく何十社かが同時に協力して製品化に取り組むことになるが、ラピダスにとってはかなり難しい挑戦になる。

そもそも話を持ち掛けたIBMが本気なのかどうかよくわからない。IBMは半導体の製造から撤退しているが、2nmの製造が本当に儲かるなら自社で工場を建ててつくるはずである。しかし、設備投資してリスクを負いたくないから東氏に話を持ち掛けたのだろう。しかも単に製造を委託するだけでなく、ラピダスから技術料も取る。IBMはラピダスに製造を発注してお金を払うものの、一方で技術料をもらうのだから、行ってこいで損はない。

IBMは半導体業界の負け組だ。この20年、業界で注目される技術を開発したという話は聞いていない。そうした企業が儲け話を持ってきて、しかも自分はリスクを取らないという。本来なら話半分で聞くべき案件である。

東京エレクトロンという超一流企業を築き上げた東氏は、リスクを踏まえたうえで日の丸半導体復権の夢に懸けているのかもしれない。しかし、出資した日本企業は「天下のIBMだから」「東エレの東さんの音頭だから」と看板だけで信用して話に乗った気配がある。日本企業と政府がカモにされていないことを祈るばかりだ。

外資系企業幹部を日本に呼ぶポイントは3つ

企業側の問題よりも私が深刻に危惧しているのは、北海道の問題だ。

半導体工場には大量の技術者が必要だ。熊本の工場には、TSMCが数百人規模の技術者を派遣する。しかし、IBMは北海道に人を出す気があるのか。そして、それに乗って来日する海外のエンジニアがいるのか疑問だ。

外資系企業幹部を日本に呼ぶポイントは3つある。1つ目は奥さんの仕事があるかどうか。共働きがあたりまえの欧米人は、仕事がなくて妻のキャリアが断絶するとなれば、日本に来ない。

2つ目は、子どもが通える学校だ。実は私が運営するアオバジャパン・インターナショナルスクールに、TSMC側から熊本で開校してくれないかと打診があった。アオバは「国際バカロレア(IB)」を導入。技術者たちは、わが子にそのレベルの教育を受けさせることを望んでいるのだ。熊本ではアオバが地域の学校と提携してノウハウを提供することになったが、今のところ北海道に学校創設の話は聞かない。