路線バスの運転士は、さまざまなトラブルに遭遇する。路線バスに12年間乗務した須畑寅夫さんは「バス停に止まっていた車にクラクションを鳴らしたところ、若い男性から『てめえ殺すぞ!』と怒鳴られたこともある。しかし、同僚からは『よかったね。その程度で済んで』と言われた」という――。(第1回)

※本稿は、須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。

バスの運転士
写真=iStock.com/coward_lion
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バス停に駐車している車を注意すると…

バス停にハザードランプ(*1)の点滅した乗用車が停まっていた。ハザードを点けているのだから一時的な停車だと考え、クラクションを鳴らすことでバスの存在をドライバーに伝えようとした。

ふだんバスがクラクションを使用することはほとんどない。最近は、クラクションによるトラブルが増えており、バス停やロータリーの降車場に一般車が停まっていても、クラクションを鳴らさずに対応するのが基本のマニュアルなのだ。とはいえ、停車されたままではどうすることもできないため、一度軽く鳴らす。反応がない。少し間を置いて、もう一度鳴らす。それでも反応がなく、3回目を鳴らそうとした瞬間だった。

金髪の若い男が鬼の形相でケータイを片手にクルマから降りてきた。私は運転席の窓を開ける。

「わかってるわ! 電話中なんだよ! 何度も何度もクラクション鳴らしやがって。てめえ殺すぞ!」

男はそう叫んだ。叫び終えると手に持ったケータイを再び耳に当て、「おおっ、ごめんな。変なやつにからまれちゃってな」と電話相手と通話を続けている。この状況で電話をし続けるのもすごいが、「変なやつにからまれちゃってな」というのはこっちのセリフだよ。

(*1)ウインカーと兼用で使われる、クルマの前後左右に設置されているランプ。正式名称は「非常点滅表示灯」。道路交通法施行令では、「夜間、幅が5.5メートル以上の道路に停車、駐車するとき」と「通園・通学バスが停車して幼児や小学生が乗降しているとき」に点滅が義務付けられている。進路を譲ってくれた後続車に対して「ありがとう」の意を伝える「サンキューハザード」は、ドライバー間で自然発生的に広まった行為であり、法的義務は一切ない。