そこで私は、バイオセキュリティー国家科学諮問委員会(NSABB)の設立に動いた。04年以来、NSABB(私は現在もメンバーの1人だ)はNRC報告書の勧告を実現すべく、潜在的に危険なバイオ研究の監視強化に取り組んできた。だが多くの科学者の反対もあり、その実現には時間がかかっている。
その間に、一部のバイオ研究の安全性をめぐる論争が起きた。なかでも最も注目すべきなのは、鳥インフルエンザ(H5N1)ウイルスに関する一連の「機能獲得」実験だ。研究者はウイルス感染阻止の方法を学ぶため、遺伝子を操作して哺乳類への感染力を高めた。
新型コロナが突き付けた問い
私たちバイオセキュリティー関係者は、研究者が実験で冒しているリスク、特に実験室の事故がパンデミックを引き起こすリスクに警鐘を鳴らした。懸念を抱いた科学者は米政府に対し、危険を伴う可能性がある機能獲得研究への資金援助を3年間停止し、その間により強力な監視の仕組みを新たに構築するよう提言した。
しかし残念なことに、この監視強化の対象は、パンデミックを引き起こす恐れのある少数の(そして既知の)呼吸器系ウイルスに限定されていた。
実際にパンデミックを引き起こした新型コロナウイルスについては、発生源をめぐって今も論争が続いている。
中国・武漢の研究所で生物兵器として開発されたと主張する向きもあるが、そうした声は少数派だ。この研究所が発生源だとみている人たちの間でも、偶発的に流出したとの見方が主流を占める。一方、研究所からの流出を否定する勢力は、コウモリの保有するウイルスが何らかの野生動物を介して武漢の海鮮市場でヒトにうつったと主張し続けている。
発生源は研究所か、海鮮市場か。私は毎日のように聞かれるが、「正直なところ分からない」としか答えようがない。
分かっているのは、今の技術なら既存のウイルスの遺伝子を改変してヒトに感染するウイルスを作るのは可能だ、ということである。
監視体制が不十分なら、意図的にせよ過失にせよ、遺伝子操作でパンデミックが引き起こされる可能性はある。だからこそ厳重な管理が不可欠なのだ。
それを知りつつ米政府は、過去20年間にわたり場当たり的な対応に終始してきた。リスクを評価し軽減できるよう、早期に一貫性のある指針を研究者や研究機関に示すことができなかった。そのため政府機関、企業、学界などがそれぞれ別個に研究計画を審査・監督することになり、さまざまな基準が混在している。