「みんな働かなくちゃ」

チャールズは、しばしばワーカホリック(仕事中毒)と評されてきた。

ヘンリー王子の回顧録『スペア(原題)』には、チャールズの仕事への打ち込みぶりが描かれている。

「パー(パパ)はずっと働き者だった。仕事を信条としていた。『みんな働かなければいけない』と、よく言っていた。彼にとっての仕事は、一種の宗教のようでもあった。なにしろ、この惑星を救おうと、しゃかりきになっていたから」
「父は、気候変動について警鐘を鳴らすために何十年も闘い続けた。メディアにヘニー・ペニー(頭の上に落ちてきた木の実を空が落ちてきたと勘違いして大騒ぎするニワトリの寓話)に例えられ、揶揄されても、決してめげなかった。深夜に父が手紙の山に埋もれて仕事している姿を、ウィリー(兄ウィリアム)と一緒に見たことも幾度となくある」
「机に突っ伏して寝入っている父を見たのも一度や二度ではない。私たちが肩を揺さぶって起こすと、父の額には書類が貼り付いていた」

ウィリアム(現皇太子)も、チャールズが70歳を迎えた18年にBBCが制作したドキュメンタリーでこう語っている。「もっと私たちと一緒に過ごす時間があったらよかったと思う。孫たちと遊ぶ時間もね」

波乱に満ちた結婚生活

81年、チャールズはセントポール大聖堂でダイアナと挙式した。2人が交際を始めたのは、その1年前。当時のチャールズは身を固める必要に迫られていた。後にダイアナは、結婚前にチャールズと会ったのは13回だけだと明かしている。

チャールズとカミラは以前から交際していたが、既にカミラにはアンドルー・パーカー・ボウルズという夫がいた。それで彼はダイアナと結婚したのだが、その後もカミラは彼にとって欠かせない存在だった。ハネムーン中もカミラの悪夢にうなされたと、ダイアナは語っている。

ダイアナは82年にウィリアム、84年にヘンリーを出産。夫とカミラの不倫について確証を得たのは、結婚して5年後だったという。それでも2人は仮面夫婦を続けた。別居したのは92年、正式な離婚は96年だ。