かつて日本の男たちはよく泣いていた。古典エッセイストの大塚ひかりさんは「平安貴族も鎌倉武士も、人前で大声をあげて涙した記録が残っている。また戦国武将の上杉謙信も、平家物語の泣ける箇所を所望し、人前で涙を流していたようだ」という――。
※本稿は、大塚ひかり『ジェンダーレスの日本史 古典で知る驚きの性』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
江戸時代初期の男性は今よりもよく泣いていた
「男泣き」ということばがあります。めったに泣かないはずの男が、こらえきれずに泣くという意味で、手持ちの『日本国語大辞典』(縮刷版第1版第2刷1981年5月20日)には、
「男が泣くこと。女に比べて感情の冷静な男が、堪えかねて泣くこと」
とあって、『好色二代男』(1684)や『日本永代蔵』(1688)といった井原西鶴の作品と、泉鏡花の『化銀杏』(1896)の例文が挙げられています。
これを見ると、少なくとも江戸初期、貞享・元禄時代には、男はあまり泣かないものという観念ができ上がりつつあったように思えるのですが、それでも近代の男と比べると泣いていたらしきことを、民俗学者の柳田國男は指摘しています。