トヨタ自動車の生産現場には、「よい品(しな)、よい考(かんがえ)」という標語がある。これは一体どういう意味なのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタがやる仕事、やらない仕事」。第12回は「トヨタが徹底している清掃ルール」――。
タイヤのホイールの交換
写真=iStock.com/gilaxia
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「すべてをピカピカにする」ことが目的ではない

どこの会社でも掃除をやります。

特に生産現場は職場環境をきれいな状態に保つために気を配っていることと思います。

トヨタの生産現場でもそれは同じ。一般の工場と同じように整理、整頓、清掃、清潔を大切にしています。4つの作業をローマ字読みにした頭文字をとって4Sと言います。

まず、整理とは要らないものを捨てることです。

そして、整頓とは必要な部品、工具などをすぐに取り出せるような状態にしておくこと。そのためには棚を分類し、わかりやすい表示をしたりしています。

清掃とは文字通り、掃除をして、あたりをきれいにすること。

最後に、清潔とはきれいな状態を保つこと。

わたしはトヨタの工場を100回以上、見学しています。国内だけでなく海外の工場も見ています。そこで気づいたのは、「チリひとつ落ちていない」ほど、きれいにしているわけではないことです。

床をピカピカになるまで叱咤しった激励したり、トイレの便器まで磨き上げたりすることが会社への忠誠の証しと思い込んでいる時代錯誤の人たちがいます。

しかし、その人たちはわかっていません。会社とは仕事をするところ。掃除はあくまで手段です。

そして、トヨタの4Sの目的は仕事しやすい環境を整えることであり、製品、つまり車を汚さないことにあります。

「毎日、10回以上、手を洗え」

4Sに関してはふたつのエピソードがあります。

創業者の豊田喜一郎は工場に来ると、常にこう言っていました。

「トヨタはナッパ服精神だ。やれエンジニアだ、工場長だといって、きれいな作業服できれいな手でいたのでは人はついてこない。現場で手を汚せ」

豊田喜一郎は服や工具をきれいに保とうとするのは間違っていると考えていました。油がしみついた服装、汚れた手で働くんだと言い、その代わり、製品を汚さないために「毎日、10回以上、手を洗え」と教えました。しみがついた作業服はトヨタで働く人の誇りなんです。

もうひとつ、エピソードがあります。

【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら
【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら

豊田喜一郎のもとで「トヨタ生産方式」を体系化した大野耐一という人がいます。部下が恐れる人で、存在自体がコワいというので有名でした。ただ、大野耐一は無闇むやみに怒鳴りつけたり、叱ったりした人ではありません。

ミスをしたり、間違ったことを言ったりすると、ただ、じっと見つめたそうです。確かに、文句を言われるより、そっちのほうがコワいかもしれません。