心臓突然死で亡くなったわが子のためにも

――高円宮親王妃の久子さまは日本AED財団の名誉総裁としてAEDの普及に力を尽くされており、村井さんもこの財団の顧問をされています。松田選手のことがあったからですか。

【村井】それもありますが、実は私も心臓突然死で子供を亡くしているんです。当時の私は猛烈社員で、毎晩、朝帰りの状態でした。その日も朝の4時に帰宅して、母親と一緒に寝ていた子供をベビーベッドに移した後、自分のベッドに倒れ込みました。朝8時ごろ目を覚ますと、子供は母親のベッドに戻っていたのですが、息をしていなかった。

大慌てで救急車を呼んで、病院に運ばれた子供はAEDの処置を受けました。小さな体が電気ショックのたびにバーン、バーンと跳ねるのを呆然と見つめていました。

――つらい記憶ですね。

【村井】はい。自分の誕生日の8月2日が来るたびに、子供のことと、松田選手のことが重なって思い出されます。1996年のアトランタ五輪で、松田選手が3バックの一角を担う日本代表がブラジルを破った「マイアミの奇跡」が7月21日。2021年の東京五輪で53年ぶりの銅メダルを目指した日本代表がメキシコに負けたのが8月6日。毎年、この時期になるといろんなことが頭の中を駆け巡ります。

毎日、リュックにAEDを入れて通勤した

――そうした想いを忘れないために、村井さんはあることをされてきました。

【村井】Jリーグのチェアマンだった期間、リュックにAEDを忍ばせて出勤していました。AEDの重さは約1.5キログラム。これが私にとっては「命の重さ」です。

リュックを背負って電車に乗っている時、ふと思います。今、ここで誰かが、特に女性が心不全を起こしたら、私はその女性の上着を脱がせてAEDの処置を施すことができるだろうか。ちゃんと胸骨圧迫ができるだろうか、と。

――医療資格がないと、どうしてもためらってしまいますね。

【村井】今のAEDはスイッチを入れれば機械が使い方をナビゲートしてくれますから、その通りにやるだけでいいのです。しかも、下着を着たまま、少しずらすだけでもAEDは使えます。

でも、公衆の面前で男女問わず面識のない方を下着にするのには勇気がいります。AEDを使うことで「かえって病状を悪化させてしまうのではないだろうか」とか「胸骨圧迫で骨折させてしまったらどうしよう」とか、誤った知識だと不安になるのは当たり前です。高円宮さまや松田選手の事故をきっかけにAEDの設置箇所は増えていますが、いざという時に使えるかどうかは、また別の問題です。