※本稿は、林健太郎『否定しない習慣』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
「相手のために否定する」というメカニズム
→あなたは知らないうちに誰かを否定してしまう
多くの人は自分が知らないうちに否定をしてしまっています。まず、そのメカニズムについてお話ししていきます。
そもそも、ほとんどの人は「否定ばかりしないほうがいい」「否定しないで受け入れることが大切」と認識しているかと思います。
では、なぜ頭ではわかっているのに「否定」をしてしまうのでしょうか。これを一緒に考えていきましょう。まず想像してみてください。もし、小学生になるあなたのお子さんが、「将来は宇宙飛行士になりたい」と言ってきたら、あなたはなんと答えるでしょうか。
「そんなの無理、無理」
「お金がいくらかかるか知っているのか? ウチ、そんなにお金ないぞ」
「お前、そんなに頭がよくないだろ」
さすがにここまでのNGワードを口にしてしまう人はそういないと思います。
とはいえ、自分の子どもに対して、できるだけ夢を応援してあげたいという気持ちはどんな親も持っているはずです。
その一方で、応援してあげたい気持ちと同時に、「現実的な夢や目標を持ってほしい」と思ってしまいがちです。「実現するわけがない夢からは、早く目覚めさせたほうがいい」という無意識の「親心」が働きます。
仮に、その場では直接的に否定せずとも、無意識に否定している心理状態になったとします。そのような深層心理は、次のような言動に表れます。
●宇宙飛行士になりたいといった話をなかったことにする
●相手の相談に真剣に耳を傾けない
●親が進んでほしい進路に誘導する
これらすべて悪意はなく、むしろ“よかれと思って”行うもの。つまり、よかれと思って相手を否定することになってしまうのです。言ってしまえば、「愛情の裏返し」。「子どものために否定してあげる」というメカニズムがそこにあるのです。
→否定のほとんどに「悪意」はない
私の親がまさにそうでした。何しろ私、小学生どころか、中学3年生のとき、真剣に「将来はF1カーの空力デザイナーになりたい」という夢を親に伝えました。
言われた親も驚いたことでしょう。
父からは、「お前な、もう少し、普通のやつ、ないのか? 言いたいことはわかるけど……」と、困った顔で言われたのをよく覚えています。ちなみに母は「ふーん」とひと言唸っただけ。
学校の先生からは「そんな、わけのわからないことを言っていないで、進学のことを考えろよ!」とのありがたいお言葉をいただきました。
今になって考えれば、相手に悪意がないことも、「大人の常識」でそう言ってしまった父親や先生の気持ちもわかります。とはいえ、これは確実に子どもの可能性をつぶしていますよね。こうした「否定」の前提は、「よかれと思って」。この考え方が、否定を正当化してしまうのです。
無意識に否定してしまう習慣は、悪意がないからこそ厄介といえます。