二次創作を認めるWEBサイト「ピアプロ」とは

翌07年1月。ヤマハがそれまで以上に人間に近い、自然になめらかな歌声を再現できるよう性能を向上させたVOCALOID2を発表するとクリプトン社は新技術を使ったボーカロイドを開発する。

新しいボーカロイドはアニメの声優の声でアニメ風のイラストを取り入れたものにするとクリプトン社は決めていた。実は、MEIKOの後に発売した男声のボーカロイド(音源プロ歌手)は500本程度しか売れず、女声のボーカリストに対する高いニーズがあることがわかっていたのだ。それに加えて、アニメ風のキャラクターを取り入れることで、ニッチなDTM(デスクトップミュージック)市場を超えたところに新たな可能性を求めたいという同社の考えが背景にあった。

初音ミクが商品化されたときの最初のイメージイラスト

新しいボーカロイドには、「未来から来た初めての音」という意味を込めて「初音ミク」と名付けた。さらに、ユーザーが歌声の主をイメージしやすいように、16歳で身長158センチ、体重42キロという設定をした。初音ミクのイラストは、インターネットで探し当てたイメージに合う絵師KEIにお願いした。描き下ろしの3枚のイラストは発売時にネット上に公開し、誰でもダウンロードできるようにした。それはMEIKOのときと同様、動画共有サイトに自分の作品を投稿するユーザーが出てくることを見越してだ。

07年8月31日、「初音ミク」が発売された(音源声優)。結果は記録的なヒット。発売から約1年で4万本以上が出荷されるほどのものとなった。しかも発売わずか5日後に先述のlevan Polkkaを演奏する初音ミクがニコニコ動画に投稿され、その後、次々に素人が創作した楽曲やイラストがネット上に投稿されることになった。さらに初音ミクに動きを与えダンスを踊らせるソフトを愛好家が制作しネット上に無料公開したため、ユーザーの創作活動は一層の広がりと活気を持つようになる。今では1万人を超える素人が曲を作り動画サイトに投稿しているという。このように、音楽やイラストから始まった初音ミクに関する愛好家の創作物は今ではマンガやアニメーションなど多岐に及ぶまでになっている。営利活動に目を向けると、初音ミク関連のCD、DVD、ゲーム、フィギュアなどが販売されている。初音ミクの曲を創作していたアマチュアがプロデビューといったケースも出始めている。

初音ミクが多くの素人の創作を生み出したのはクリプトン社が、アマチュアクリエーターが安心して「彼女」を利用できる仕組みを提供したことによる。ピアプロ(ピア・プロダクションの略)というWEBサイトがそれだ。ピアプロには、アマチュアクリエーターが二次創作した20万件を超える初音ミクのイラストが投稿されている。またこれらの作品は他のピアプロユーザーの創作のために使ってもいいというルールを定めた。これにより音楽クリエーターは、自分のイメージに合うイラストをダウンロードして動画に仕立て上げることができ、初音ミクを使った動画作品が動画共有サイトに溢れることとなった。また、クリエーティブ・コモンズにならい、初音ミクキャラクターの二次創作を認めるための「ピアプロ・キャラクター・ライセンス(PCL)」を発行した。

クリエーターによる二次創作を認めるクリプトン社の姿勢はレゴ社と同じだ。こうした消費者による製品の二次創作を見守り刺激し、さらに消費者が安心して三次、四次と創作の輪を広げることができる仕組みを提供することが消費者イノベーションの長所を引き出すには重要かもしれない。ハーバード大のLawrence Lessigが約10年前に立ち上げたクリエーティブ・コモンズの活動は同様の趣旨を持つ世界プロジェクトだ。消費者の創作活動を権利の網で窒息させてしまわない工夫が今、求められている。(文中敬称略)

(図版作成=平良 徹 クリプトン・フューチャー・メディア=写真、イラスト提供)