なぜ音楽のプロは見向きもしないのにヒットを出せたか

ところが携帯電話がインターネット・サービスを開始したことをきっかけに、00年前後から着信音として着メロ、着音を購入する消費者が爆発的に増えた。そうした変化をクリプトン社は市場機会と捉え、着信音販売事業に進出する。それは同社が多様な音源をデータベースに持ち、少ないデータ量で良質の音を出す技術をすでに持っていたからだ。

結果は成功だった。サービス開始の最初の月から100万件のダウンロードを記録し、そこから着音、着メロ市場は同社にとって第二の事業の柱となっていく。現在も、着信音市場の着音カテゴリーで同社は市場シェア1位だ。

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初音ミクの歴史

成長を続けるクリプトン社にさらなる転機をもたらしたのはヤマハが開発したVOCALOID(以下、ボーカロイド)という歌声合成技術の登場だった。コンピュータ技術の発展で今ではバイオリンやピアノといった楽器が手元になくても楽器音をパソコンで出せるようになっている。そうしたソフトをバーチャル・インストゥルメント(以下、仮想楽器)という。音源さえデータベース化していれば数多くの楽器が素人では本物と区別ができないほどの品質で再現できるようになっているのだ。ところが、人間の歌声は他の楽器に比べて十分な品質で再現することができていなかった。そうした中、ヤマハはパソコンにメロディーと歌詞を入力することで人の声をもとにした歌声を合成し、演奏するボーカロイドという技術を開発したのだ。03年のことだ。

クリプトン社代表取締役の伊藤はこれまでの事業経験から他の音に比べ「人の声」が売れることを知っていた。だからヤマハがボーカロイドを開発したことを知ったときに、「これは売れる」と思ったという。ただ自社でボーカロイドを使った製品を開発するには時間的余裕がなかった。そこでクリプトン社の海外の取引先にボーカロイドを紹介し、製品化を勧めてみた。その話を真面目に検討し、世界で最初にボーカロイドを使った製品を市場投入したのが英国ZERO-G社だった。同社は男性の声を音源とするLEONと女声のLOLAという製品(音源は英語向け)を04年1月に発表し、クリプトン社は同製品の日本国内の販売を代行した。