「高齢者は消費意欲はない」は間違った認識だ
そうした怒涛の高齢者向け本ブームの中で私の頭にひとつの大きな疑問が浮上した。
それはテレビ局やラジオ局が、高齢者向けのエンターテインメント番組を作りたいとか、情報番組を作りたいと、私のところに相談や打診が一件もないということだった。
高齢者が事故を起こしたときにマスコミは、「やっぱり高齢者は危ない」という認知バイアスを強化するようなコメントを出してくれる学者を探す。高齢者医療に詳しい私のような医師なら大丈夫だろうと取材すると、反対に「免許を返納するとかえって要介護高齢者が増えて、高齢者が不幸せになり、国家の介護予算が増える」と私は答える。そういう人間はマスコミからもパージ(削除)される。
若い人がテレビを見ないようになったといわれて久しいが、高齢者がテレビを見ていることがわかっていても、それを大事な客だと扱う発想はなさそうだ。高齢者を不安にしたり、不活発にしたり、統計に基づかない旧来型の医学常識をおしつける番組ばかり作って、高齢者を元気にしたり、楽しませるという発想の番組は作られない。
この「なぜ」の理由も今年になってわかった。
一件だけの例外として地方の家具屋メーカーから連絡があったが、高齢者向けの商品やサービス、レジャーの開発について私は意見を求められたことは一度もなかった。
高齢者向けの本が100万部売れてもこの扱いである。現在、要介護・要支援の認定を受けている高齢者は18%で残りの8割は元気な高齢者なのである。また2000兆円を超えたとされる個人金融資産もその7割が60歳以上の高齢者が持っているとされる。
高齢者ビジネスというと健康食品か介護事業に限られると思っている経営者が多すぎるということだろう。星野リゾートのように高齢者向けの高級旅館のサブスクをやっているところもあるが例外的だ。私はよくタクシーに乗るが、後部座席から見える車内のタクシー広告は、DXのような現役ビジネスパーソン向けの宣伝が多い。高齢者のタクシー利用者は多いはずだが、高齢者をターゲットとした広告を見たことがない。
結果的に高齢者がお金を使わないのは、老後不安もさることながら、魅力的な商品やサービスがないからではないだろうか。前出の星野リゾートのサブスクは即完売だったそうだから、高齢者をその気にさせる商品・サービスさえあれば個人資産の一部である2ケタの兆円規模のお金が動く可能性もあるのではないか。
経営者たちの高齢者バイアスが修正されない限り、お金を残しても高齢者は幸せになれないし、それをスポンサーとしてあてにする番組もできない。この分では、バブル崩壊後の30年不況はさらにダラダラと続くことになるに違いない。